小説

『勇者はおばけの如く』鈴木沙弥香(『桃太郎』)

「痛―い!!」 
 リーダーの中のチサが言った。瞬間、リーダーの顔つきがいつもの顔つきに変わった。それはリーダーの中からチサがいなくなったことを意味していた。
「何してくれてんだよ!!」
 当たり前にリーダーの拳が僕に飛んで来る。助けを求めるようにケンジさんに目を向けた。ケンジさんは近くにあった彼らが飲んでいた缶ジュースをリーダーへとバシバシ当てていた。制服にジュースがかかりリーダーがさらに憤怒する。缶ジュースが宙に浮いていることなど何も気にしていなかった。金縛りが溶けた取り巻きが、逃げようとする僕の体を押さえつけてきた。そのせいで、リーダーの拳がダイレクトに体に入って来る。誰か助けてくれ、と3人を探す。
「本当ごめん」
 リーダーの後ろに立った3人が、手を合わせて申し訳なさそうに僕を見ていた。どうして僕が幽霊に拝まれなくちゃいけないんだ。視界が歪んで、僕はついに死んだ、と思いたかった。

 
 この窮屈な僕の部屋で土下座をする3人。その様を見て僕はため息しか出なかった。幽霊って弱いんだ、とどこか落胆した。
「もういいよ別に。一発殴れたから良かったって思うことにする」
「いやダメでしょ! 退治できてないじゃん」
 顔を上げたチサの顔は険しく、それは土下座をするような顔ではなかった。コウタ君とケンジさんも険しい顔つきのまま顔を上げる。
「どうしたの?」
「あたしたち気づいたんだよ。本当に倒さなきゃいけないものを」
「倒さなきゃいけないもの?」
「そう」
 チサがどこからか持ってきたチラシを僕の前に叩きつけた。それは数日後に学校で行われる“いじめ防止講演会”のチラシだった。カウンセラーによる全校生徒を対象にした講演会で、確か年に一度は行われている。
「これが何?」
「あんたの敵は、学校だ」
「……」
「竜君がいじめられてる時、窓から先生たちが見てた。でもみんな渋い顔してそのままどっか行っちゃったんだよ。大人のくせに、見過ごしたんだ」
「こ、子どもを守るのが、お、大人の役目なのに……」
「だからあたしたちはこの講演会に乗り込むの」
「乗り込む?」
「直接子どもたちには手を差し伸ばさないくせに、こんな講演会に頼っていじめ防止を訴えるなんて虫が良すぎる。腹立つんだよ、そういう大人は」
 チサが怒りをぶちまけるようにチラシを拳で殴った。
「僕もそういう大人が大嫌いだから、乗り込みには賛成する」
「わ、私も、り、理不尽な大人は許せない」
「今度こそ成功させる。絶対に退治してやる」
 3人の言葉には、憎しみなのか悔しさなのか、またはそれに似た類の感情が込められていて、それはもしかしたら今まで気にしていなかった3人の“死”に何か関係があるのではないかと思った。

 
 できることなら重くならず話そうと思った。“死”を語ることは本人たちの負担になってしまうかも知れないと思ったからだ。けれど3人は、割とわっさりと話してくれた。死んでしまったものは仕方がない、まるでそんな感じ。
 学校の屋上に行きたいとチサが言ったから、僕らは夜の学校に忍び込んで屋上に上がり、4人で川の字に並んだ。

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