小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 時折に言ってくれた言葉。惚れ込んだ才人からの褒め言葉は紅潮する程に嬉しかったが。
 何だよとはにかむ事しか出来ない自分に虚しさを覚え始めた。一線を越えられない理由など言われなくても分かる。要は自分に自信が持てなかっただけだ。

 
 その日は仲間内の飲み会。お疲れ会と言っていい。動画製作に参加してくれたり、他の映像作品の手伝い先で知り合った人など。
 最近製作した心霊動画が想像以上に高額な値段が付いた事に、更に製作会社からの仕事の依頼が来た事へのお祝いの席でもあった。
 映像製作の順調さに演出者としての道が開けてきたなと周りから言われるが。
 正直に違和感だらけだ。自分の創りたい物を創っていない。

 そんなの言い訳だな。自分から動いていないからだ。公言はしても真剣に向き合っていない。口だけだ。

 鬱陶しい気分を振り払う様に知らず知らずに酒が進んだ。久し振りに浴びる程に。
 気付けばテーブルに突っ伏していた。酔いどれで周りを見れば誰もいない。
 いや一人、沢子が隣に。手持ち無沙汰にしている。介抱してくれていたのか。
 テーブルに顔を着けたままに横目で見る彼女の横顔は哀感で艶やかで。目が合った瞬間に僕は口走った。

「絶対に映画を撮るぞ、お前が主役で。あっと言わせてやる。だから沢子、付いて来てくれ」

 嘘偽りのない言葉だ。出任せと思われても構わない。でも沢子は嬉しそうに微笑んでくれた。僕も嬉しかった。意地らしくも可愛らしい彼女の表情に。
 もうその後は抑えきれない感情の噴き出しに言い訳を付けた。酔った勢いだ、そう。張り倒される覚悟で彼女に抱き付いたんだ。
 だが存外に彼女の身体は拒絶をしない。それ処か柔らかい胸の奥へと受け入れてくれる。もうそうなると止められない。ただ彼女の香りと蒸れた体にむしゃぶりつくだけだった。

 朝目覚めた時にあるのはまた後悔だ。
 いや沢子と関係を持った事ではない。
 彼女が起きて仕事に行くまで空寝だ。無かった事にしたいのではない。何て声を掛ければいいのか分からないんだ。
 愛も未来への言葉も掛けず仕舞い。幾らでも有るだろう。仕舞い込んでいた物を引っ張り出す機会だったろうに。
 情けない。彼女がいなくなった部屋で一人落ち込むだけだ。
 悩んでいても仕様がなかった。撮影に向けて今日にも明日にでも顔を会わさなければいけない。沢子が望む答えに従おう。一緒になろうが別れようが。
 彼女の言葉待ち。そう覚悟して僕も仕事に出た。
 だがそれが過ちだと殴り付けられるのは晩になっての先輩の電話から始まった。

 
 自分でも焦りまくっているのが分かる。病院の急患搬入口から強引に入っていた。
 沢子が暴走車に轢かれたとしか聞かされてない。状況の把握をしようにも遠出。とにかくここに向かうしかなかった。
 覚悟して集中治療室に寝る沢子を想像していたが、そこに彼女がいないと分かると呆気に捕られる自分がいた。

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