小説

『デーモン笹ケ瀬の左眼の世界は』もりまりこ(『桃太郎』)

それは奇しくも今日の日付10月7日<桃太郎の日>だった。たぶんチーム桃太郎に参加してほしいといわれた時に書いたものかもしれない。もしかしたら俺たちへのメッセージ? ってもりあがって、ていうか俺はひとりで、桃太郎の日に、犬雉桃太はクビになって、このひとたちと知り合ったってことが結構だいじなことちゃうんって思って。この人達と共にみたいな気持ちになってきて木地君もここにおったらよかったのにあんなでっかい桃喰えたのになってアフガン君、猿団治君と笑う。ほらこんなのもありますよって猿団治君。
<白鳥は哀しからずや空の青海の青にも染まずにただよふ>
 アフガン君のぞきながら、わっかやまぼっくすい。誰っすかこの人。俺もようしらん。むかしのえらい歌つくりはったひとかも。木地君は書いていた。

<はじめてこの一首に出会ったたぶん高校生ぐらいの時よりも、いまのほうが、いつまでも触れていたいそんな気持ちに駆られた。澄んでゆくあのそれぞれの青にさえ染まらない。放たれた一羽の白鳥をとりまくはりつめたすがすがしさに、つよく憧れた。こころの形は、ひにひにその一辺や点の位置を変えているから、抜き差しならない>
 むっずかしいっすね。木地君評をアフガン君が。たぶん考えすぎなんとちゃうやろかって俺が。でも、木地君にはぜったい逢いたかったなぁねえってみんなに同意を求める猿団治君。
 その時、もう外は逢魔が時のような時間帯。夕焼けたほの赤さが残っている空の下を3人で歩いていたら、みしらぬおじさんがなにかを俺たちにいいたそうに自転車こいでこっちに向かってくる。歯の抜けたレゲエっぽいおじさん。
「みんなつかもうとする。だが、つかみにいくと、相手は全力で逃げる。つかむのではなく触れるんだ。好きな天才雀士の受け売りじゃけん」
 え? え? いまのなに? なんやったんやろうかっておもってもそのおじさんは、もうなにも喋らずにまっすぐどこかを目指して上り坂を自転車たち漕ぎして消えていった。ワンカップ大関片手のハンドルさばき。
 聞いた今の? なんか見透かされてる? ほんまやなぁって声と猿団治君の声がかぶった。
「うなぎをつかまえるときに、似てるかもぉ」
「え? うなぎ?」
「僕が前勤めてたところの上司の実家が、鰻屋さんで新年の挨拶にはなんか強制的にそこに行かされててぇ、そこの大将つまり上司のお父様なんですけどぉそれは<握らないこと>って言ってました。<握ると、逃げる>からって。うなぎからだのまんなかには、重心があるとかで、そこを押さえてつかまえやるといいよって。へへへ、いらないプチ情報でした」 
 そんなことないない、すっごいいんぽるたんとやなぁとかいいつつ間を繋ぐ。猿団治君は、ひそかに鬼退治の戦略を練り始めているのかもしれない。

1 2 3 4 5 6 7