小説

『ひと花咲か爺さん』宍井千穂(『花咲か爺さん』)

 平日の朝一番の宝くじ売り場はあくびが出そうなほど空いていた。窓口に立てかけられた看板には様々なくじの画像が並ぶ。
「どれにしようかな……」
 当選金額の大きいものがいいか、それとも手っ取り早く金を得られるものがいいか。もちろん最終的には全部のくじを買って億万長者になる予定だが、今は手持ちの金があまりない。うんうん唸って考え込む俺の横で、爺さんが看板を指差した。
「これは、なんじゃ?」
「ああ、それはスクラッチくじですよ。その場で削って、縦か横が揃ったら当たりってやつ。これは、花の柄が揃えばいいみたいですね」
 花という言葉が出た瞬間、爺さんの目がキラキラと輝きだした。
「わし、これがいい」
 爺さんが体を乗り出した。慌てて一等の金額を確認すると、300万円と書かれている。他のくじに比べたら金額は小さいが、その分一枚あたりの値段も安い。まずはこの300万円から始めて、あとでもっと高いくじを買えばいい。
「じゃあこのフラワーくじ、10枚ください」
 窓口のおばさんに声をかけ、2000円を差し出す。昨日までの俺なら払うのに躊躇した額だが、今は違う。2000円で300万円が手に入ると思えば、安いもんだ。
 爺さんにくじを選んでもらい、窓口の横のテーブルで削り出す。1枚目、外れ。2枚目、外れ。3枚目、外れ……。ついに、最後の1枚。
 爺さんの方を振り返るが、爺さんは外れくじに書かれた花の柄を見るのにすっかり夢中になっている。しっかりしてくれよ、神様。それでもまだ俺には余裕があった。神様が選んだくじだ。外れるわけがない。
 力を込めて削り始める。一等の柄はひまわりだ。一列目、外れ。二列目、外れ。最後……出た、ひまわりだ。隣も、ひまわり。来た来た。俺は当選を確信した。胸の高まりを感じながら、最後のひとマスを削る。
 これはひま……パンジー?
 何かの間違いかと何度も確認したが、いくら見てもただの外れくじだ。10枚全部、外れ。天国から一気に地獄に突き落とされた気分。俺は罰当たりという言葉も忘れ、爺さんに詰め寄った。
「おい、あんたが選んだくじ、全部外れたぞ!どういうことだよ!」
 爺さんは気まずそうに目を逸らしながら、ボソボソと言い訳をし始めた。
「……神と一口に言っても、その役割は様々でな。わしは、金運を司る神じゃないんじゃよ。お前さんにそう言おうと思っとったのに、急に引っ張って連れて来るもんじゃから……」
「じゃあ、このくじを選んだのは?当たると思ったから、選んだんじゃないのか?」
「それは、花柄が気に入ったから……」
 お前は女子か。そうツッコミを入れる気力もなく、地面にへたり込む。昨日描いた夢の人生設計が早くも崩れつつある。せっかく、楽をして金が手に入ると思ったのに。結局、働かなければ金は手に入らないということか。そこまで考えたところで、昨日の面接本が脳裏をよぎった。
「そうだ、面接!」

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