小説

『みせもの』ひろくん(『鶴の恩返し』)

 いつか社会に戻れたら、ひと思いに甘えたい。

 病院へ向かう道すがら、珠子は公園に寄った。小さな広場にも似た、申し訳程度に遊具が設置されてある公園だった。そこには、ブランコと砂場しかなかった。
小学一年生くらいの女の子が一人、ブランコに揺られていた。珠子はなんとなく、そばに寄ってみた。
「きみ何歳?」
「七歳」
と、女の子は答えた。
「学校は?今日お休み?」
 珠子が聞くと、女の子はうつむいて首を横に振る。近くのベンチにオレンジ色のランドセルが置いてある事に気付いた珠子は、その意味を理解した。公園の向こう側に、小さな個人経営のコンビニがあった。足を引きずりながら、珠子はそこに入って行った。
 数分後、珠子はバニラのソフトクリームを二つ持ってやって来た。
「これ、一緒に食べてくれない?」
 珠子は女の子の前にひとつ差し出した。
「うんいいよ。どうもありがとう」
 女の子は、ソフトクリームを受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。

 珠子は女の子と並んでブランコに座った。
 風が、珠子のウィッグをそよがせる。髪の毛が、クリームに付きそうで、珠子は髪を耳の上にかき上げた。もみあげの無い珠子の顔を、女の子は不思議そうに眺めながらソフトクリームを舐めていた。

「これ、どうやって食べたらいいと思う?」
 女の子は、珠子を困った顔で見上げた。
 どうやらコーンの所まで舐めたものの、奥に舌が届かないらしかった。コーンごと齧ればいいのに、それをしない、子供の時の自分ルールだ。中にはまだクリームが残っていた。
「そのまま食べちゃえば?」
と、珠子が言うと、女の子はコーンを見つめたまま首を横に振った。諦めなかった。ずっと舌先を伸ばして、コーンの奥に突っ込んでいる。やがて女の子は、小さく覚悟をしてコーンの縁を齧ろうとした。

 珠子はそれを手で制した。
「ちょっと見てて」
 珠子は、コーンの先端を少しだけ食べて穴を開けると、それを高く掲げた。そして、上から垂れてくるクリームに口をやり、クリームをチューチューと吸った。
「こうするといいよ」
と、珠子が促すと、女の子は笑って珠子の真似をした。
「お姉さん、子供みたい」
「大人はみんなこうするんだよ」
 言いながら、珠子は初めて吹き出して笑った。

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