小説

『鬼我島』木暮耕太郎(『桃太郎』)

(猿、お前はいつもそうやって俺に抱きついていたなぁ!犬、久々にお前の利口な顔を見られてて嬉しいぞ!雉、もっとお前の綺麗な羽を見せておくれ。)
口には出せないが老鬼は心の中で友に話しかけた。

宴も終わり桃太郎以外の者はぐうぐうと寝息を立てている中で、桃太郎が町に戻らないかと切り出した。老鬼は遠い昔の、いまこの刻を思い出していた。戸を開けると満月が夜を静かに照らしていた。桃太郎の言葉に己が天に与えられた運命を変えて良いものか一瞬心が揺れ動いたが、黄泉の国へ行くのに今日ほどおあつらえ向きな夜はないと心静かに腹を括った。

「桃太郎よ、ワシを一刺しに殺すと約束してくれ。」
そういって寝室に戻った。
(大丈夫、お前はできる。罪の意識に苛まれることはないのだ。)

老鬼はまるでたすきを息子に渡すような気持ちであった。そして永き務めの終わりが刻一刻と近づくほどに肩の荷が軽くなっていくのを感じた。
「これにて我が鬼退治も一件落着じゃ・・・」
微笑み、目を瞑るとすぐに眠りに落ちた。

老鬼は胸に温もりある重みを感じて意識を戻した。目はまだ閉じていたが頬をなめる者もあった。目を開くと猿が老鬼に抱きついていた。犬が頬をなめていた。
「なんぞ、お前たち・・・」
老鬼が体を起こすと魂だけが肉体から抜き出た。体はもはや老鬼ではなく、若かりし頃の桃太郎に戻っていた。寝床には老鬼の肉体だけが横たわっていた。

猿は桃太郎に抱きかかえられた。犬はこっちだ、と言わんばかりにわんわんと吠えた。
「お前たち、迎えにきてくれたのか」
寝室の戸を通り抜けると現世に生きる桃太郎が良心のせめぎ合いから苦悶の表情を浮かべていた。
魂となった桃太郎は届かぬとは思いつつも声をかけた。
「俺は天命を全うしたのじゃ。お前は俺を殺めた罪悪感を抱えることはなかったのじゃ。だが永き苦しみも必ず明けるときがこよう。」
しばしの間、己と対峙しその場を後にした。

体が軽く足取りは踊るようだった。桃太郎は内からこみ上げる歓喜をこらえきれず雄たけびをあげた。
表には雉が待っていた。犬にせかされて桃太郎は雉にまたがった。
「さぁ!黄泉の国へ行こうぞ!友よ道案内をたのもう!」
一行は満点の星空に消えていった。

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