小説

『ふりゆくものは』新発田瞳(『雪女』)

 彼女の白かった肌はいつの間にか青く透き通り、栗色に輝く瞳も青白いつららの様になっていたのである。やがて髪も、樹氷の如き姿に変わっていった。
「……隠し事をしていたのは、私の方でござります」
  ――いつかの雪女が、巳之吉の目の前でなんとも切ない声を上げて泣いているのである。雪女は泣きじゃくりながら何とかそう告げると、絶え絶えに話し始めた。

「私の元の名は駒と申します。父は出羽の大名、最上(もがみ)義光(よしあき)でござりました」
 喘ぎ喘ぎ、時に息を詰まらせながら雪女は自分の身の上を話し始めた。
 巳之吉にはよく分からなかったが、彼女は天正七年、どうも彼より二百年ほど先に生まれたらしい。十五になった彼女は、時の太閤、豊臣秀吉の甥である豊臣秀次の側室になるため、父母と共に京に向かったのだ。
 しかしここで事件が起きる。
「私が京に着いてすぐ、秀次様は切腹させられたのです」
 原因はよく分からないが、秀吉が秀次に切腹を命じたらしい。結局秀次は、はるばる出羽からやってきた彼女を見ることなく死んだという。しかし悲劇はここで終わらなかった。
「秀次様の幼い子供達、妻妾、侍女や乳母に至るまで皆、斬首されることになったのです」
 貧農の出である巳之吉には、このあたりの武士の習慣は分からない。仮にその秀次なる人物が何かしでかしたとして、その子やその妻がなぜ死なねばならぬのか。そしてさらに、彼の理解の及ばぬところがある。
「まさかとは思うが、お前も……」
「はい」
 むせび泣く声は、いつしか悲鳴のような響きを含み始めた。
「お前は、秀次とかいう御仁に会っとらんのじゃろ。まだ祝言もあげとらんはずじゃないか。なぜ……」
 巳之吉もそれ以上何も言えなかった。なぜ、と最も言いたいのは、目の前のこの哀れな姫君本人に違いないのだから。彼女はまだ側室になってすらいないのに殺されたのだ。
 実際これは当時の常識をもってしても理解し難いことであった。したがって多くの有力者が姫を救おうとしたのだが叶わなかったのである。この辺りの事情は彼女自身も知らぬことであった――それほどあっさりと処刑は執行されたのだ。そして彼女達の遺骸は「畜生塚」と銘打たれた穴に、無残に投げ捨てられた。
 あまりの話に、巳之吉は腹立たしいやら痛ましいやら自分の気持ちを扱いかねていた。ただひたすら、雪の様に冷たくなった彼女を抱きしめ、その背を撫で続けた。
「私は……あまりにも寂しく、無念でござりましたから、成仏できなかったのです。もう京になどいたくなく……出羽に帰ろうと思いました。出羽に帰って、私の結婚を最も反対して下さっていた母にお会いして……せめて夢枕に立てればと……」
 不憫な彼女の魂は逃げる様に京を離れると、はるばる出羽を目指し北陸道を下ってきたのである。そして北陸道の終点、越後の国に差し掛かった時のことだ。
「母が心を病んで自害したと聞きました」

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