小説

『桃のアフターケア』島田悠子(『桃太郎』)

 鬼ヶ島での桃太郎は、それはそれは勇猛果敢でかっこよかった。ばっさばっさと筋肉質で屈強な鬼たちを斬り倒して、まるで空中を舞っているようだった。やつらが村々から奪い去ったお宝の数々を取り返し、みなに感謝されて時の人となった桃太郎。あれから一年、それが今や……。
「ばあちゃーん。朝めし、まだぁ?」
 ただのパラサイトシングルと化している。
「桃太郎、そんなにヒマなら仕事しろ!」
「おぉ、ワンすけ、来てたんだ」
 桃太郎がどうしてるか心配で来てみたら、案の定、このありさまですか。桃太郎は鬼から取り戻したお宝を全て持ち主の村々に返してしまった。自分のところには銀貨の一枚も残さず、お礼も一切、受け取らなかった。端的にいうと、桃太郎はバカなのだ!「そんなんじゃ、食うに困って干からびて死ぬぞ!」オレは一応とがめたが、桃太郎はニコッといつもの桃太郎スマイル。「大丈夫! 親のスネかじって生きてくから!」その屈託のない、まぶしくすらある笑顔を見て、オレは「もうなにも言うまい」と思った。桃太郎は「善人」だとサルは言う。桃太郎は「悪党」だとキジは言う。オレは、桃太郎は「世紀のバカ」だと思う。そして、実際の桃太郎はおそらく、それらをすべて足して3で割らないヤツなんだろう。「善人」と「悪党」と「バカ」は紙一重なのだとその身をもって教えてくれたのは桃太郎だ。たかがきび団子一つで命がけの鬼退治について来い、なんて、普通の神経してたら言えないセリフだ。それについて行ってしまったオレらもオレらなんだけど。あのときはどうかしてた。

 桃太郎の湯飲みに茶柱が立っている。桃太郎、こいつ、運だけは恐ろしくいい。それともこれは、ばあちゃんの力だろうか。この強運がこの一家の役にたてばいいんだけど、今のところそんな感じもない。
「そういや、先月さ」
 桃太郎がばあちゃんお手製のきび団子を食べながら世間話をはじめた。
「鬼が来たよ」
「えっ?」
 オレは思わず聞き返した。それってお茶飲みながら話すことか!
「うちにさ」
「ここにっ? 鬼が? おじいさんとおばあさんは平気だったの?」
「うん。だって、小鬼だもん」
「小鬼っ?」
 先月、小鬼がここに来た? なんで?
「親の仇討ちだって」
「げっ!!!!」
 思わず声が出てしまった。なんて悲痛な展開に遭遇してるんだ、桃太郎!
「小鬼って、どのくらいの子?」
「んー。わかんないなぁ、鬼の年は」
「じゃあじゃあ、ぱっと見、人間にすると?」

1 2 3 4 5