小説

『きつね』森な子(『民話:妖狐』)

「ねえ、前に住んでいた町はどんなところだったの?」
「おい、真面目に探せよっ」
「いいじゃん、うるさいなー!」
「えっと……あっちに大きな杉の木がある。そっち行ってみようか」
「歩ちゃん、山詳しいんだね。インドア派だと思ってた」
 など、次第に打ち解けているようだった。子供は単純だな。一度一緒に遊んでしまえばもう仲良くなれる。この調子じゃあ、大丈夫そうだ。ヨーコはほっと胸をなでおろした。
 二時間経つ頃には九人見つけていたが、残りの一人がどうしても見つからない。気配を辿っても何かに隠されたかのように途切れてしまう。ヨーコは嫌な予感をひしひしと感じていた。先ほどから山の生き物たちが何か言いたそうにしているのを感じたが、山に住むものともう何十年も話なんてしてこなかったので訊けずにいた。
「くそっ、茜、どこだ!」
「茜、出てきてよ、もう終わりにしようよ!」
 五時を知らせるチャイムが鳴って、陽が沈みかけ、全員焦っていた。少女が一人見つからない。子供の足で行けそうなところはすべて探した。なのに出てこない。
「ど、どうしようヨーコ」
 歩がほとんど泣きそうになりながらヨーコを見た。はじめて会った時と同じようにその瞳は涙に濡れていた。
 なんとかしなくては。ヨーコは傷つくのが嫌でずっと逃げていたが、やっとの思いで声を出した。もう何十年も出せずにいた声だった。
「なあ、どうか教えておくれ」
 ヨーコの声は透き通っていた。木々が、花々が、鳥や虫や、あるいは物の怪が、ヨーコの声に耳をすませた。
「子供を見なかったか。この子たちくらいの年の子だ。連れて帰らなければいけないんだ」
 急に一人で話し出したヨーコを、子供たちは怪訝そうに見ていた。
「……困っているよ、狐が」
「困っているねえ、狐が……」
「どうしようか、猫たちが住処につれていったと教えてやろうか」
「猫たちが住処につれていったと教えてやろうか、どうしようか」
 こそこそ話をしていたのは二匹の鳥だった。それからあちこちから声があふれた。「化け猫たちの洞穴だよ」「ほら、この道を行ったところだよ」「足元がぬかるんでいるから気を付けてね」「猫たちはたくさんいるよ」
 ヨーコはすっかり驚いてしまった。みんなが自分を嫌っていると思っていたのだ。しかし蓋を開けてみれば案外そんなことはなかった。ほとんどのものが好意的で親切だった。
 自分はいつの間にか随分と凝り固まってしまっていたのだ。
 ヨーコははっとして、そして気づいた。何かを悪い方に思い込むなんて、なんて愚かなことをしていたのだろう。
「……わかった、ありがとう、みんな」
 ヨーコはくるっと後ろを向いた。

1 2 3 4 5 6 7