小説

『You still life』サクラギコウ(古典落語『短命』)

 病院の前の桜の木が蕾を膨らませていた。やがて開き桜色に染まるだろう。いっぱいに広がった桜色の空は、一つ、また一つと花びらを落とし続けるだろう。ゆらゆらと舞いながら、風に吹かれて舞い上がり、踊り、そしてはらはらと見上げる人々の足元に落ちていく。

 リハビリ病院からの退院の日、花びらが欲しいと言う妻のために傷のないものを拾い妻の手のひらに乗せた。あまりにも近くにありすぎて気づかない幸せがあった。桜も毎年美しく咲き誇る。環境や心の持ちようで美しくも哀しくも見えるのかもしれない。
 ときは春から夏、秋から冬へと季節の流れとともに変化していく。その中に人は生活し生きていく。そしてさまざまなものを生み出していく。それが時の流れなのだ。その流れの中で生き、老いて行けばいいのだ。死に向かっていると嘆く必要などないのだ。
 短命に違いないと思っていた私の人生。桜木の下に立ち、私の人生は運が良くて幸せなんだと感じた。隣にいる妻が笑っている。4月は花の季節だ。そしてすぐにやってくる5月は風の季節。なんと人生は素晴らしい!

1 2 3 4 5