小説

『空蝉の部屋』緋川小夏(『檸檬』)

 時おりカーテンがふわりと揺れるのが気になったので引いてみると、窓が少しだけ開いていた。私はカーテンの隙間から漏れ出た陽射しの中に立ち、ぐるりと部屋の中を見まわした。 
 薄暗い部屋を照らすように、檸檬の黄色が鮮やかに輝いている。不思議なことに置かれた檸檬のまわりだけが、清浄な空気に取り囲まれているように思えた。
 たったひとつの檸檬が、世界を変える。
 私は空っぽの部屋の中でひとり、いつまでも檸檬を眺めていた。遠くで風鈴の音が響いていたけれど、蝉の声はもう聴こえなかった。

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