小説

『ブルーベルベット』義若ユウスケ&かいかなみ(『スーホの白い馬』)

 オムライスの湯気でスプーンがくもる。
「オムライスの湯気でスプーンがくもっちゃったよ」とぼくはむかいの席の花子につげる。
 花子はハンバーグを口にはこびながらふふふっとほほえんだ。
「なんてことないわ」と花子はいう。「スプーンがくもっちゃうくらい、なんてことないのよ。気にせずたべなさい」
 花子はつけあわせのフライドポテトをデミグラスソースにつける。
 午前二時。外は雨。深夜のファミリーレストランに客はぼくと花子の二人だけしかいない。
 店員も奥でサボっているのか、たまにレジにでてくるぐらいでほとんど厨房から姿をみせない。
 なんだかとてものどかだ。
 ぼくはおおきくあくびした。
 その時だ。
 馬に乗ったカウボーイが縄をブンブン振り回しながら自動ドアからはいってきた。縄は猛スピードでグルグルと、しかし壁や物にはけっしてあたらないようにまわっている。
 カウボーイはずんずんこっちに近づいてくる。
 ぼくは口をO(オー)の字に、花子は両目をビックリマークにしてなすすべもなく馬の歩みを見守った。
 馬はぼくらの席の前まできてパタリと止まった。
 静寂。雲につつまれたような静けさの中でぼくと花子はごくりとつばをのみこんだ。
 カウボーイがぼくらを見おろしている。ぼくたちはじっと、彼がなにか話すのを待った。本当は一目散に逃げだしたかったけど、恐怖で体が動かなかった。
「よっと」といってカウボーイは馬からとびおりた。そして彼は花子のハンバーグをガシリと手でつかみ、馬にくわせた。馬はカウボーイの手まで食べるんじゃないかという勢いでハンバーグにくいついた。
 馬のたてがみをなでながら、「どうだ、うまいか?」とカウボーイはきいた。
「ヒヒーン!」と馬はこたえた。
「そうか、それはよかった」とカウボーイはいった。
 バチン!
 ギターの弦の切れるような音が店内にひびきわたった。
 バチン!
 バチン!
 バチン!
「おっと切れちゃった切れちゃった」といって花子がしずかに立ちあがった。「かんにん袋の緒が四本も切れちゃった!」
 花子は赤い布にとびかかる闘牛のような勢いでカウボーイに突進した。
 激突! ドッカーン!

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