小説

『鉢姫花伝』三号ケイタ(『鉢かつぎ姫』)

「ツキ子さんの素顔、気になるなあ」
 私はこう言われるのはもう慣れてしまっていたので、いつものように返事をした。
「ごめんね。外れなくて」
 私がそう言うと、タケチ君はいいんだよ、いつか見られるのを楽しみにしているから。そう言って私の顔を傾けると、キスをした。
 ばかっ
 そんな音がして、私の後頭部が急に軽くなった。そして視界が急に明るくなって、まぶしくて私は目を閉じた。
「ツキ子さん、鉢が・・・」
 タケチ君の声で、私が後頭部に手を近づけると、いつもそこで手に触れるはずの鉢がないことに気がついた。手は空を切り、そして私の後頭部を指先が触った。振り返って見ると、鉢が、ごろんと床に転がっているのだった。
「外れた・・・」
「外れたねえ・・・」
 私は何度も頭を自分の両手で触った。頭が軽い。私の髪の毛ってこんなにさらさらしていたんだ。タケチ君のほうを振り向く。正面から見たタケチ君の顔は、本当に格好良くて、俳優みたいだった。
「ツキ子さん、やっと見られた。なんて美しいんだ」
 タケチ君は私の顔を見て、うっとりとしていた。私は鏡の方を向いた。目の前には、端正な顔立ちの女の子の顔があった。私の顔ってこんな風だったんだ。そしてタケチ君に喜んでもらえてよかったと思った。
 こうして、私は不自由なく、生活をすることができるようになったのだ。父親に真っ先に連絡をすると、父親は電話口でワンワン泣いて、話にならなかったけれど、喜んでもらえて私も嬉しかった。もうこれで、普通の幸せな人生が送れると思った。

 けれども、その翌日のことだ。タケチ君と話をした時に、私は不思議な違和感を覚えた。
「ねえ、今度の休み、どうしようか」
 そう話しかけると、タケチ君は私のほうを見ずに答えた。
「ああ、どこかに出かけようか」
 タケチ君が別に不機嫌であるような様子でもなかったので、私は気のせいかと思った。でも、しばらくしてやっぱり、確かに、彼の様子が違うと私は感じたのだった。
 タケチ君は、私を見ようとしないのだ。
たまりかねて私は聞いた。
「いったい、どうしたっていうの?私が何かしたのなら、言って」
「いや、何もないんだ」
「だったら、どうして私を見てくれないの?」
 そう言うと、タケチ君はしばらく黙って、それからぽつりと言った。
「ボクは、君の顔を見ていたくないんだ」
 その言葉を私はよく理解できなかった。
「どうして?でも、私の顔を見たいってずっと言っていたじゃない」
タケチ君は首を振って言った。
「そうだね。ボクは、君の顔を見たかった。でも、ずっと見ていたいわけじゃないんだ」
「どうして?私の顔がそんなに気に入らなかったの?」

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