小説

『鉢姫花伝』三号ケイタ(『鉢かつぎ姫』)

 大学に入学してからは、自分で自分の状況を説明する機会が多くなった。教授や、まわりの友人達にだ。事情を話すと、みんな理解をしてくれた。さすがに、アルバイトだけは、顔の見えない状態ですることができるものに限られたが。それから私は音楽のサークルにも入った。スポーツは鉢のせいで不得意だったせいもあり、逆に音楽は昔から好きだったのだ。このサークルは、週二回、大学の裏庭でコーラスをするのが主な活動だった。ツキ子、歌うまいね、なんて言われるのは中学や高校時代にクラスメイトから同じように言われた時よりも、なぜか良い気分にさせてくれるのだった。
「ねえ、ツキ子って、彼氏できたことある?」
 ある日の活動の後、サークルの部屋で、女友達にそう聞かれた。唐突に言われたその言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「できるわけがないじゃん。というか、私、鉢をかぶっているんだよ。誰も好きになってくれないよ」
 そう言うと、女友達は、嬉しそうに言った。
「そんなことないって。それでね、実はね、ツキ子のことが気になるっていう子がいるの」
 その言葉を聞いて私は信じられないと思った。何を間違って、私のことが気になるというひとが現れるのだろうか。
「もしかして、どっきり?」
 だから私は思わずこう聞いてしまった。友達はちょっと真剣な声になった。
「本当だよ。冗談じゃないって。その子ね、私と同じ学部なんだけど、実は、私たちがサークルの練習をしている時に通りかかったらしくて、ツキ子の歌声を聞いて、すごくいいなって思ったんだって」
 どうやら、本当のことらしい。私はそう聞いて、赤面した、と思う。もちろん鉢をかぶっているから誰にも見られることはないのだが、それでも、すごく恥ずかしいと思った。
「ウソお・・・」
 ようやくそれだけを絞り出した私に、友達は嬉しそうにして、じゃあ、何月何日の、何時にと言って、約束を取りつけた。

 その人に会う日は、自分の外見がひどく気になって仕方がなかった。いつぶりだろうか、珍しく鏡をじっくりと眺めて、やっぱり鉢をかぶった自分はひどく不格好に見えて、嫌だな、と思った。本当に私のことを気になるなんて人がいるのだろうか。実は別の人と間違えているんじゃないか、そう思うと、怖くなった。けれどもせっかく友達が気を遣ってくれたのだから、行かなきゃなとも思って、出かけることにした。
 待ち合わせのファミリーレストランに行くと、友達とその人はもうすでに待っていて、私が席に着くと、早速紹介された。
「ツキ子、この人がタケチ君」

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