小説

『アババババ』三角重雄(『あばばばば』)

「いらっしゃいませ~」
「ええっ?」
「あっ、ごめなさい。つい癖で」
 と客。
「アハハハハ」
 なんだ。ボケた客か。おおかた客もコンビニのアルバイトやってんだな。それにしても「アハハハハ」だって。「アハハハハ」、「アハハハハ」!なんてかわいい声なんだ。ゾクゾクする。可愛すぎだ。
「あの~」
 とぼけた声が隣のレジから聞こえてくる。あの子のレジに並ぶためには、次は隣、次の次は私であの子、とならなければならない。とぼけられては迷惑だ。
「これで、買えるだけこの子に、何かあげたいんですけど」
 と言う隣のレジの、客の声。「この子」?どの子だ?子供、いないぞ。隣のレジ男、しっかりしろ!見ると隣のレジはオバサンの客だ。手に人形を抱いている。どういうことだ?
「あの~、お客さん、どういうことですか?」
「ですから、これで、この子に、買えるだけの、お菓子でいいですから、何か見つくろってください」
「あの~、ですから…、この子って言われても…。しかも、三十円ですか?」
 どうみても人形の他に「この子」はいない…。まさかのことに、計算が狂い始めて困ったことが起き、不都合なことに、なんとなんと二人目の客があの子のレジに。
 ああ、でも、このまま行けば、このオバサンは長居をするだろうから、きっと三人目の客である私もあの子のレジになるだろう。それならそれで、何ら支障は、
「もういいわ。話にならない。年寄りだと思ってバカにしてるのね。あー、可哀想なサチコちゃん。別のお店に行きましょうね。こんなお店、二度と来てあげないんだから!」
 支障はあった…。なんとオバサンは、捨て台詞を残して消えちゃった。
 レジの男はため息をついてから、無理して気を取り直した顔をして私を見て、私を呼ぶ野太い声を発して、
「次の方、どうぞ~」
「あっ!ええと」
 私は列を離れた。
 後ろに数名がいる。今日は並び直そう。どうしてもあの子と話がしたい。仕方なく私は、商品を選ぶフリをしてあの子が見える棚のあたりに立ち、あの子のレジぶりを眺めていたが、やはり一カ所に立っていると不自然な気がして店内を徘徊し、もう一度レジの列に並んだ。今度は後ろに客はいない。
(あと、ヴォーグのメントールください)と口の中で何度かつぶやく。やった!今度は私はあの子のレジだ。間違いなくそうだ。前の客は男のレジに行った。胸がドキドキしてきた。番が来た!

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