小説

『冷めてゆく紅茶に涙をひとしずく』いわもとゆうき(『マッチ売りの少女』)

それからわたしはふと独り言のように口にした。
「……しあわせって、いったい何なんだろうね」
「それはマッチのようなものです」
 と少女はまるでメロディーのように軽やかにそう言った。
「ほう」
「想いがふれあって、あらわれてくる炎なのです」
「心をあたためる」
 とわたしは言った。
「もしくは心を燃やす」
 と少女はすかさず続いた。
「それはずっとあたためてくれる……あるいは燃え続ける、のかな」
「手をかざしていれば」
「なるほど」
 少女はずっと息子を見つめたままだった。
「時間はマッチ一本の火の時間です」
 と少女はマニュアル通りといった感じで言った。
「あっという間なんだね」
「はい。わたしの行為は、冷めてゆく紅茶に涙をひとしずくたらすようなものなのです。ひょっとしたら、少しだけあたためられるかもしれない」
「でも、そこには悲しんでくれている愛があるよ」
「そう言って頂けるとうれしいです」
 少女はそう言うと、コートのポケットからマッチ箱を取り出して、そのなかから一本のマッチを抜き出し、シュッとそのマッチを擦って火をつけた。すると息子の閉じたままの瞼が激しく動きはじめた。マッチの煙の匂いがわたしの鼻腔を刺激した。息子の瞼の動きが止むと、その顔はどこか微笑んでいるように見えた。マッチの火が少女の黒ずんだ指元まで進んで、やがて消えた。と同時に魂のような煙があらわれて、それも消えた。少女は燃えかすになったマッチをそっと、いつの間にか手にしていた金属製の携帯灰皿のなかに入れて、それからポケットへとそれを仕舞った。
「君には息子が見たものが見えるのかい?」
 とわたしは尋ねてみた。
「いえ、見えません」
 と少女は答えた。
「そう。では、どうしてそれが最高の喜びだとわかるのかい?」
「それはあとで息子さんに聞いてみて下さい」
「ああ、それはそうだね」
「ご入金はそのあとで結構です」
「そう……財団に」
「そうです、財団に」

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