小説

『夢千百十一夜』わそら(『夢十夜』)

そう思いながら目が開いた。

朝の光がカーテンの合間を縫って俺の目を攻撃してくる。
変な夢だ。あの爺さんは誰なんだと考えながら、台所に行くと仏間で朝のお参りをしていた母親が俺を呼ぶ。
「あんたもお参りしなさいな。」
しぶしぶ母親の横に座って、仏壇の中の遺影に視線を這わせた。とそこには夢の中と寸分たがわないあの爺さんがいた。あの爺さんは俺のじいさんだったのだ。なぜ気がつかなかったんだろう。
「あんたも早く役者の夢を諦めなさいな。おじいちゃんもそういってるよ。」
母親にそういわれて俺は昨日見た夢を思い出す。
「俺『も』って?」
「あんた知らなかったっけ?おじいちゃんも昔役者を目指してたのよ。」
「そうなんだ。」
知らなかった。
「ただ結局目が出ずじまいでおばあちゃんがずっと苦労してたのよ。だからあんたも…」
母親がくどくどと説教をするのを右から左へと聞き流す。視線も自然と母親から庭へとそれた。仏間の横は縁側になっていて、そこから朝の光がさんさんと入ってくる。春爛漫という陽気と相まって、母親の小言は子守唄のようだ。重く下がってくる瞼を必死にこじ開けて、出そうになるあくびをぎゅっと口を結んで噛み殺した。ここで寝たら母親の小言がさらにひどくなるのが目に見えている。そんな危険は冒せない。渾身の力を瞼に込めて目を見開いたその先、縁側のド真ん前にそびえたつ白い花をつける木が目に入った。
「あの木って花咲いたっけ?」
去年は花が咲いていた記憶がない。思わず出た声にしまったと顔を歪めて母親を恐る恐る見たが、
「え?あら。今年はすごいわねぇ。」
母親が俺から目線を庭先の木へと向けた。ナイス俺。
母親は縁側から庭の木を眺めてしみじみ言った。
「おじいちゃんが植えた木なんだけど、成長も遅いし花も咲かない木だったのよ。まるで役者としてのおじいちゃんみたいでしょ。でもおじいちゃんが亡くなったその日に花が開いたの。」
「へぇ。」
夢の中のあの種はこの木の種だったのかもしれないな。
夢の中で見れなかった花は現実で見ることができたんだ。
「実とかも生るの?」
「さぁどうかしらねぇ。」
その時、ばあちゃんが縁側へとやってきた。
「実もなるのよ。だからほら。」
そういって見せてくれたのは瓶に入ったジャムだ。

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