小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

「権蔵そんな甘い考えは捨てるべきだ」

 小太郎の言うように祭りが近づくと権蔵の生活は一変しました。連日連夜、祭りの準備に追われる日々。それも宝児祭を取り仕切っているのが権蔵の主人だからです。屋敷の中はてんてこ舞い。それに関わらず屋敷の人間から笑顔は絶えません。それは主人がいつも満面の笑みを浮かべ、誰よりも楽しそうにしているからです。
「笑え!大切なものを守りたかったら笑い続けろ。俺は祭りとこの町を守りたい。だから笑うんだ」
 と主人は笑います。誰よりも町を愛し、人を愛し愛される主人。そんな主人を尊敬し、人々は付いて行くのです。主人の為にも祭りを成功させたい。そんな思いから権蔵はより一層働きました。

 宝児祭が始まりました。この時ばかりは武士も商人も農民も関係ありません。皆が祭りに熱狂します。喧嘩などの揉め事も絶えず起こり、その度に権蔵は仲裁に入りました。祭りの熱に圧倒され続けました。
 祭りの最終日、大きな燈籠を乗せた山車が町を練り歩きます。山車が通ると人々は糸で引っ張られたように後ろに続きます。最終の目的地は大きな川です。川につくと大燈籠や桃燈籠、様々な燈籠を流し赤子の成長を祈願するのです。燈籠が川に流れるのは圧巻の一言。権蔵は燈籠が流れるのを見て感極まって泣いてしまいました。その涙は祭りが終わる寂しさ、壮大な灯りの綺麗さ、祭りまでの苦労。本当に色んな思いが込み上げたからでした。権蔵が泣く姿を見て、主人や小太郎、町の人たち皆は笑顔になりました。
 そして夜中、祭りの宴会では色んな人が集まり、権蔵が泣いたことを永遠と酒のネタにしました。ただ権蔵は悪い気はしませんでした。皆、祭りの寂しさを誤魔化すために茶化してるだけだと権蔵にはわかったからです。祭りは大切な思い出となりました。

「散歩に行こう」
 次の日、朝早くに権蔵は小太郎に起こされました。眠い目をこすりながら権蔵は町を歩きます。祭りの終わった町は連日の騒ぎが嘘に感じるほど静かです。
「昨日までの騒ぎが嘘のようだ」
「俺さ、毎年この時間が好きなんだ、何か町を独占してるみたいで」
 権蔵と小太郎はそんな眠る町を歩きながら祭りの思い出に浸っていました。
 すると、ある家から大声で泣く声が聞こえます。権蔵は立ち止まりその家を窓からこっそり覗きます。どうやら泣いているのは今年、赤子が生まれたばかりの夫婦です。
「小太郎さん、どうしたのでしょう?」
「放っておいてやれ」

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