小説

『蒸気機関車』LAP(『蜜柑』)

 姉の七回忌の帰りだった。
 姉の家は観光地にあり、祝日はSL機関車が運行されることから、ホームはもちろん、駅周辺や線路沿いは人でごったがえしていた。
 姉の家といっても、それは男の実家で、姉夫婦が引き継ぐかたちで暮らしていた。だから、修繕などで間取りなど変わった部分もあったが、男が暮らしていた頃のたたずまいは保たれていた。
 男は一人だった。妻とは離婚協議中で別居しており、娘二人は妻のほうで暮らしていた。そんなわけで、だれも七回忌には参列しなかったのだ。
 久しぶりの故郷、ささやかな旅気分を味わおうと、帰りはSLの指定席をとっていた。
 指定席車両は機関車の次の車両だった。列車に乗り込み、チケットを見ながら自分の席を探す。車両中程、進行方向左側、窓に面した席だった。
 車内はそれほど混んでいなかった。二人がけの席が向かい合う、昔ながらのレイアウト、男の席は進行方向を向いている。このボックスに他の客はいなかった。全体でも6割程度といったところだろうか。ただし、窓に面した席は、男の前を除いて、全部うまっていた。
 「おそらく次の駅で大量に乗り込んでくるのだろう。人気の駅だ」男は思った。
 車窓にはカメラを構えた人たちが溢れんばかりで、男にレンズを向けるものもいた。男は目線をそらし、発車時刻を待った。
 機関車が汽笛を鳴らし、動き始めた。その時、後部の車両扉が開くような音がして、若い女の声が車内に響いた。
 「先頭っす!どっち?右?左?左!どこどこ?まんなか?ちょい待ち、やべー、窓側はいっぱい、あっ!」
 若い女はスマホを耳に当てたまま、男の席に近づいてきた。
 「ここしかないわ!どですか、見え、おっと!ぶさいく丸見え!」
 ピンク色のヘアー、アニメのヒロイン風の衣装、カラーコンタクト、女はいわゆるコスプレに身を包んでいた。
 女は外に手を振った。ゆっくりと流れるホームに、友人だろう、同じ年頃の娘たちが3人、同じようなコスプレに身を包み、進行方向に走りながらスマホを向けている。
 「ここ、いっすか?」女は男に尋ねた。
 「良いけど、ここは指定席だよ」
 「うぜー」女は小声で言った。
 男は黙った。
 女は窓ガラスに張り付くようにポーズをとりながら言った。
 「てめーら、こけんなよ、もういいって、ほんじゃまか、おちちぶで」

1 2 3 4 5