小説

『高貴な姫君』中崎杏奈(『竹取物語』)

 語られる物語がある。国の数だけ、言葉の数だけ、人の数だけ。
 それらのほとんどが人の為に創られたもの。胸の内に秘めた欲望を形にした人のためのおとぎ話。
 舞台はとある大きくも小さくもない町の学校の一クラス。ここには町中で有名なとある少女たちが在籍していた。
 少女たちは皆一様に見目麗しく、そして当然のように仲睦まじい。輝く黒髪に珠のような肌。彼女たちは示し合わせたように同じ名を贈られていた。
 輝く竹から生まれ、最後には全てを失って月へと帰る高貴な姫。
 ――『かぐや』と。

 かぐやたちは離れるときが無いほど一緒にいた。同じ名前だということは気にも留めず、お互いを呼び合うときは『かぐや』と声を出す。
 理由はひとえに、それで問題ないからだ。個人ではなく自分ではないかぐやたちに、が彼女たちの会話である。
「みなさん、聞きました?」
 興奮したように瞳を輝かせてかぐやが言った。
「何かありましたか?」
 心当たりのないかぐやは不思議そうに聞き返す。
「もしかして」
「転校生のお話では?」
「もうとっくに噂になっていますよ」
 横で聞いていたかぐやたちは持ち寄ったお菓子を食べている。時刻は昼休みの中ほどを過ぎた頃。昼食を終えて思い思いに過ごす時間だ。
 しかし、かぐやたちの会話を周りのクラスメイトは遠巻きに見守っている。決して会話に混ざることもなく、ましてや彼女たちの会話を遮るなんておこがましいと本気で想っている。
「なんだ、知っていたの」
 かぐやは残念そうな表情を浮かべて広げられたお菓子に手を伸ばす。
 大きいとも言い難い町だ。噂話はすぐに広まる。外からこんな季節外れに人が来る、なんて面白い話は恰好の的だ。
「どんな方なのでしょうね?」
 唯一転校生が来るということを知らなかったかぐやは、一人興味深そうに身を乗り出した。手にはしっかりとチョコレート菓子を握っている。
「さぁ、私も男性としかお聞きしていませんし」

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