小説

『100年目』NOBUOTTO(『夢十話』)

1.武志と明子
 一世紀前は世界中が注目していた先端研究所も、恐ろしいまでの技術進歩の中で全てが過去の遺物になっていた。 
 研究所の地下倉庫に明子とハルは逃げてきた。ここなら誰も来ることはない。
 ハルがビクッと動いた。
「明子さん、誰か来ます」
「そんな筈ない。この廃墟に来る人なんかいないはず」
 しかし、明子の耳にも地下倉庫に近づいてくる足音が聞こえてきた。
 確かに誰かがこちらに向かってくる。
「ハルここよ。急いで」
 倉庫の一番奥にある壊れた冷凍室の扉を明子は開けた。
「これでいいのですか。私が見つかったら明子が」
「いいから急いで」
 ハルを冷凍室に入れると明子は重い扉を締め自分の気配を消した。
 複数の人影が地下倉庫の壁に写った。
「明子、そこにいるのは明子か」 
「武志なの」
 地下倉庫に入って来たのは武志とジェシーだった。
 青ざめた顔の明子に武志は優しく声をかけた。
「ハルだね」
 明子は静かに頷いた。
「武志はどうして」
「ここの裏口から地下の運輸通路を通って海に向かう」
「ジェシーと行くのね」
「うん。君もハルも僕達と一緒に行かないかい」
 そう言って武志はそっと手を差し出しだ。
「駄目。私はここでやることがあるの」
 明子は武志の手を払った。
「わかった。じゃあ」と言うと、武志はジェシーと地下倉庫の横の扉を開け走り去っていった。
 扉から長い通路が続いている。通路の先の海の香りがここまで漂ってくる気がする。
 どんどん遠くなっていく二人を見て明子はつぶやいた。
「武志、どうして、ジェシーなの」

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