小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

 ノスタルジア。誰でも、その愁いに浸ってしまう。
 この教室に来たら。
 歳を重ねた人でも。また年端もいかない子でも。

 でも寂しいという情景は滲まない。
 重ね付けされてきた色の木板。陽の光が艶々に反射される木製テーブル。書物の背表紙の角は欠けて古色蒼然の紙が覗かせている。

 私はこの図書室が好き。赴任してきた時、この光景を見て嬉しいと感じて。
 築年数などは正確には訊いていなかった。でもその色々を見れば歳月というのは感じられる。

 木目が息をして。その匂いが漂って。移り香の様に手に取る本からも香って来る。

 もう見掛けない木造校舎。天井は洋式の様に高く、小学校としては広すぎる図書室。数も古さも、多すぎる書籍達。
 司書として、その空間に一日中でも憑かれる幸せを私はいつも感じていたんです。

 

 低学年の二クラスの副担任を務めて、出来る限りに休み時間にでも司書として図書室を開く。
 この落ち着いた雰囲気。そして新旧を問わずの多彩な書籍。
 他校の生徒に比べれば、私の学校の子達は読書率は非常に高いと聞く。

 きっとこの教室のお陰だと私は思っている。残してくれている事に本当に感謝。安全や経費から見れば、こんな古い建物を保持するのは大変だから。

「わっーー!!」
 ギシギシと床板を軋ませながら、男の子三人が大きな読書机達の合間を走り抜けて行った。
「こらっ、走るんじゃありません!」

 私は届く声で、限りなく大声にはならないように彼等を咎めた。
 中学年か。正直、この広さの空間を走り回りたい衝動になるのは分かってしまう。だから怒り散らすのも引けてしまう。
 それに今は何処の教育方針でも“叱るより褒めろ”が標語みたいなものだし。

 今日の当番の図書委員の女の子二人。遠巻きに彼等を見ながら冷ややかな感じでひそひそ話。読書をしている何人かの生徒も無関心を装って怪訝な様子。

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