小説

『目のあるメゾン』紗々井十代(『絵のない絵本』)

 肌寒さが沁みついた冬の頃。
 二人は同じ窓から顔を出した。
 「君たち、ちょっと早くないかい」
 私はびっくりして縮んでしまった。まん丸い身体が途端に細くなったから、道行く人にはさぞ不気味に映っただろう。
 「なんだい。立派に思春期じゃないか」
 少年は屈託なく笑った。喜びが肌から沸き立つのが分かった。
 「たまたま彼の家で夕飯をご馳走になったの。もうすぐ帰るわ」
 少女はツンとしてそう言った。
 「足元をちゃんと照らすようにしておくよ。君が転ばないようにね」
 私がそう言うと、彼女は顔を綻ばせた。
 どうやらあの夜、私の見えないところで二人はうまくやっていたらしい。申し訳なさこそ募るものの、二人のきっかけを作れたことは好ましく思えた。
 きっといつか、誰かにこの話を語って聞かせる日がくるかもしれない。
 「月は約束通りパンツを見せてくれたからね。僕は嬉しかったよ」
 「あなたって恥ずかしげもなくそういうことを言うのね」
 犬みたいに笑う彼を小突くと、彼女は彼の家を後にした。窓から恋人へ、手を振る少年がいとおしくて、私は額に口づけする。
 「ところで月に言っておきたいことがあるの」
 空気の冷え込んだ寒い道すがら、彼女は唐突に呼びかけた。
 「なんだい」
 私は思わず身構えて、光が針のように鋭くなる。
 「実はあの夜、私はわざと転んで彼にパンツを見せたのよ。私ばっかり盗聴して、フェアじゃないから」
 ツンと言い放って、それからにっこり笑う。
 空気の澄んだ夜なのに。相変わらず難解な乙女心はちっとも見通せなかった。

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