小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

 流星群の襲来のせいで、すっかり地形が変わり、荒れ果てた土地を、一人の男が杖をつきつつ、彷徨っていた。
 彼の頭上には、灰色の流砂がうずを巻いていた。流星群が地上のすべてのものを壊滅させた時に巻き上げられた粉塵が、いまだに空を覆っているのだ。
 男はもう二か月も他の人間に会っていなかった。この地上には自分一人しかいないのではないだろうかと、絶望にうちひしがれていた。
 そんな時、男は奇妙なものを見た。それは金属の光沢を持つ、流線型の建造物だった。明らかに人工的なそれに、彼は救われた気持ちになった。あそこにいけば、人間がいるかもしれない。
 男はもつれる足で必死に走った。蜃気楼のようにそれが消えてしまわないように。パイプを切って作った杖が、石に当たって耳障りな音をたてた。
 近くによって、男はそれが今まで見たこともないような建築物だということに気づいた。外壁は地球上では見られない金属で覆われている。入り口らしいものはなかったが、触れているとぽっかりと壁に穴が開いた。
 人一人入れる大きさに、男は誘われるように中へとはいった。
 建物は、中も複雑な機械で埋め尽くされていた。男は元エンジニアだったので、その機械を興味をもって見た。だが、どれも男の理解の範囲を超えていた。
(誰だ……)
 突然、機械の中に声が響いた。男は驚いて振り向いた。すると、そこにいつからいたのか、一人の青年が機械に腰を下ろして男を見つめていた。青年は黒い髪と、夜の色の瞳をしていた。
「君は……?」
(俺はトーマ…… おまえはミチコを知っているか?)
「ミチコ?」
(俺は2075年にミチコと別れた……お前、ミチコを知らないか?)
 男は目を細めて青年を見つめた。頭がおかしいようには見えなかった。大きな瞳には深い孤独がにじんでいた。
「……今は3006年だ。その、ミチコとかいう人間はとっくの昔に死んでしまっているよ。君は何だ? 人間か? それとも……」
(俺は外宇宙探査船のコンピューターだ)
 トーマは夢を見ているような口調で言った。
(2075年に地球を飛び立った。目的は未知の惑星の発見、異文明との接触、友好的外交……俺は長い長い間、宇宙の中を彷徨った)

 宇宙の中をどこまでも進んだ。人間なら気が狂う程の時間を孤独の中に生きた。俺の体も時間の中で疲労し、隕石や宇宙線の影響も受けた。それでも俺は自分の意志を持ち続けた。
(俺は地球に帰るんだ。地球に帰ってもう一度ミチコと会うんだ)
 最初の200年、俺の意識はそう繰り返していた。
(地球へ……もう一度地球へ……)
 次の300年、宇宙塵との接触によって集積回路の一部が破損したが、俺の意識は明らかだった。
(地球へ……地球へ……)

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