小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

 トーマが出発するという日の朝、ミチコは探査船の技術者と押し問答をしていた。
「だからっ、このホログラムを『TOM−A』のコントロール・ルームに設置させてくれ、と 言っているだけじゃないの。何も船に危害を与えるものじゃないわ。『TOM−A』の意志でスイッチが入るだけなんだから」
「しかし、どんなものでも、予定にないものを乗せる訳には……」
「この、わからずや!」
 掴みかかろうとするミチコの肩を引っ張ったのはエディットだった。
「落ち着けよ、ミチコ」
「だって……」
「なあ、兄弟」
 エディットは技術者の胸をこずいた。
「一人っきりで宇宙の旅だ。どんなに退屈かはお前さんにもわかるだろう。コンピューターだって同じさ。ましてや『TOM−A』の知恵は人間以上なんだから。こいつがある方が航海がうまくいくっていうなら、そのくらいの融通きかせろよ」
「しかし───」
「上の許可は貰ってるよ。確認してみるか」
「エディット」
 驚いたのはミチコの方だった。それにエディットは片目をつぶって笑ってみせた。
「ミチコ、おまえももう少し筋ってものを通せよ」
 結局、ミチコの造ったホログラフ・ボックスは『TOM−A』のコントロール・ルームに運び込まれることになった。今は『TOM−A』で埋め尽くされ、狭さを感じる程の部屋に、その銀色の小さな箱は、もとからあるべき物のように置かれた。
『TOM−A』の部屋は微かな電子的な唸りと振動に満たされ、いかにも機械の箱のようだ。認識していないのか、部屋に入ったミチコに『TOM−A』は何も語りかけなかった。


 全地球の人々が見守るうちにロケットは発進した。二度と戻らぬ宇宙への旅に、未知へのあてどない旅に。
「エディット」
「ああ?」
 消え去らぬ発射煙を見ながらミチコは隣に立つ男に声をかけた。
「あのホログラフが何だったのか、聞かないの」
「ああ」
 エディットはミチコを見て、また空へ目をやった。
「お前とトーマの会話を聞いていたからな。俺もあいつを宇宙へ放り出した人間だ。してやれることぐらいやってやるさ。おまえはトーマによかれと思ってやったんだろ」
「少しは慰めになればと思って…」
「あのマツムラ博士が局長の首を締め上げてどなったところを見せてやりたかったよ」
「………」
 うつむいていたミチコの目の前に白いハンカチが出された。それでミチコは自分が泣いていることに気づいた。
「ありがとう」

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