小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

 ミチコの目が大きく開かれる。
 そこに一人の青年が立っていた。空気の中から生まれた彼は、夜色の髪と宇宙の星のような瞳を持っていた。
「……どうだ?」
 少し不安そうな顔をして、彼は口を開いた。
「トーマ……?」
「ああ」
 声はその人間の唇から出ているように聞こえる。
「気にいる顔がなかなか造れなくてな、声からはいったから。……ミチコはこんな顔嫌いか?」
「あ…いえ、なかなか……ハンサムじゃないの」
「そうか?」
 青年の顔が子供っぽい笑みを浮かべた。無邪気できれいな顔だった。
 ミチコはゆっくりとトーマの映像に近づいた。背の高い草の中でミチコを待つトーマは、心もとなげな一人ぼっちの子供のようだ。
「トーマ……?」
 伸ばした手は、しかし、トーマを素通りする。
「実体も、欲しかったな」
 トーマも手を伸ばしてミチコに触れようとした。お互いの手は握ることもできず、ただ宙に浮いただけだ。
「ミチコを……感じたかった」
「トーマ……」
トーマはちょっと笑って一歩引いた。
「俺もバカだな。一生懸命創れば奇跡でも起きるかなんて、そんな非現実なこと……」
「───」
「ミチコが読んでくれた本によくあるだろう。可哀想な、善良な人間を神様が助けてくれるって奴」
 優しい風がトーマの黒い前髪を揺らしている。
「神様に祈れば奇跡は起こるのかな。人間を創ったのが神様なら、俺の神様は人間なのかな。人間に祈ればいいのかな」
「……トーマ」
「俺を人間にしてくださいって。ずっとここに、ミチコと一緒にいたいですって。神様、神様、神様……」
「やめて、トーマ」
 ミチコは耳を覆って首を振った。トーマの悲しみがミチコを包む。穏やかな風景の中に潜むトーマの哀しみの感情を、ミチコは感じ取っていた。
(トーマに感情がないなんて思いこもうとしていた私…こんな、こんなにも悲しい風が……)
「すまん、お前を困らすつもりはなかった」
 うずくまってしまったミチコの前に、トーマが膝をついた。
「どうして……?」
 ミチコは顔を覆った手の下から言った。

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