小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

 再び晴れた青い空。その真ん中からトーマの声が笑いながら下りてくる。
「ミチコの声だから、好きなんじゃないか」


「『TOM−A』の調子はどうだい?」
 ミッション・ルームへ戻ると、主任のエディットが声をかけてきた。
「順調よ。何も問題はないわ。あ、私にもコーヒー」
「そうかな」
 祖先にニホンの侍を持つという、しかし、外見はまったくゲルマン系のマツムラ博士が首を傾げる。
「『部屋』での君と彼の会話を聞いていたが、私は恋人どうしの会話かと思った」
「……!」
 色素の薄いミチコの頬がさあっと赤く染まる。
「トーマは感情表現が豊かなだけよ」
「『TOM−A』だ」
 マツムラ博士はそっけない。
「TOTAL Operation system MAN=MADE。世界初の外宇宙探査船のコンピューターだ。なぜあれ程の感情教育が必要なのか、私には理解できない」
「未知の文化、システムに出会った時の柔軟な発想、合理的な対応。危険・故障の回避。その他さまざまな衝撃に出会った場合の地球人的シミュレーション……」
 ミチコはまだ続けようとしたが、マツムラ博士は手を振った。
「もういい、マニュアルは読んでいる」
「始めたのはマツムラよ」
 エディットが二人の間にわって入ってテーブルにコーヒーを置いた。
「ま、痛みわけ、と言うことで」
 古い言葉を使ってみせる。
「俺としてはトーマの言葉使いがいささか乱暴なことが気にかかるけどな」
「個性的、でしょ。大丈夫よ。私以外の人間にはあんなふうにはしゃべらないから」
 笑って答えるミチコに、マツムラ博士はまたちょっと眉をしかめた。
「勿論、ミチコにしてみれば、あの言葉も含めてここまで教育したのだから愛情があるのかもしれない。だが、機械にまでそれを持たせるのはどうか、ということだ」
「マツムラは妬いてるのさ。ミチコが『TOM−A』にかかりっきりだから」
 ちゃかすエディットを軽くにらんで、ミチコはマツムラに向かって言った。
「確かにトーマは感情表現が大ゲサかもしれないけど」
 ミチコは穏やかにほほえんだ。

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