小説

『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)

 出ない声で、なんとか意志を表に押し出した。唇と舌で演技する。
 男の顔が近づいた。どこか矢中村の匂いがした。血と田んぼと秋と死体の匂いだ。
 ぴゅっと噛み切った舌からほとばしる血を男の顔にかけた。老婆の血を飲んだ私の血を浴びせた。新聞配達のおじさんも私がソロモンになったと言っていた。おそらく老婆の一門を殺せるものがソロモンを継ぐ仕組みなのだ。その血で己を洗い流してただ殺すものに生まれ変わるのだ。
 ソロモンとは最も忌み嫌われる立場の者だ。無条件で殺人を犯してよいとされる者だ。ただ殺戮する、ゲルニカの刺青を持つような者。
 虚しさしか生まないもの。
 私はそれを返上した。私は最後の最後に、特別であることを拒否した。私が私であるために、最後はただの女の子として死んでいくんだ。さよなら、パパ。

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