小説

『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)

 自分の暮らす場所が見つかった以上、特に目的はなくなった。今なら私も死ねると思った。これから先のことに興味はない。虐待からの解放と自由の中には自分の運命を自分で決めるということが含まれる。汚されて殺されたくないのと自分の命を汚して削ぐのは別だし、そういった権利は私にあるからだ。
 でも。
 やはり私は生きようと思った。生きることは欲することだ。私にとっては殺すことだ。この村の人たちを根絶やしにしよう。一日に一人なんで我慢できない。多分この村の人たちも本当は同じ気持ちに違いない。ソロモンが矢中村出身の二人を殺したのも、殺される要領が分かっているからだろう。
 異国のようなこの地で、私は背中に羽が生えたような気持がした。
 老婆とおじさんの死体を見ると安心するのはなせだろう。
 叔父が死んで初めて許せるきなったのはなぜだろう。
 母を殺したときに愛情を感じたのは。
 私は、死の中にいる。
 私は老婆の血をたらふく飲んで、家の中を漁った。鎌、ナイフ、棒の先に釘が刺さったものなど、いくつも隠されていた。中でも薙刀が綺麗に手入れされていたので拝借した。中距離戦は確かに有利だ。足を狙って動きを封じれば、あとはどうにでもなる。一対一なら殺されない戦い方は、そのまま勝利につながる。
 たくさん殺したい。できるだけたくさんたくさん殺したい。殺人衝動がこんなにも私に高揚を与えてくれるなんて意外だった。抑圧されたこれまでの反動だろうか。ひょっとしたら叔父たちに責め苦を受けなければ、あの人たちを自然と殺していたのかもしれない。
 ソロモンも殺したい。これは破壊衝動ではなく、欲望で在り、欲情だった。
 一つの欲望に身をゆだねることが怠惰な罪だということは、母をみて十分にわかっていたつもりだった。にもかかわらず私は殺人に依存した。
 私は早速老婆の家を出て、身近な家を訪ねた。塀で囲まれた大きな家だったが門扉は開いていた。大きなクスノキが何本も黄色く染まり、ちょっとした蔵まで在るような庭だった。少女が遊んでいた。少し私に似た、甘栗色の髪をした女の子だ。座り込んでで地面にお絵かきをしているようだった。
 私は少女に話しかけた。微動だにしない。発育途中の虚ろを感じた。拷問みたいにじわじわ殺したくないので、思い切り薙刀で殴打した。対象が小さいのでうまく動脈を切れるかわからなかったのだ。すぐに少女は動かなくなった。
 私はやっぱり話しかけて、名乗った。一緒に遊ぼうかと誘ってみたが、すでに息をしていなかった。家から誰も出てこないことを確認すると少女を廊下に面した掃き出し窓にぶつけて大きな音を立てた。駆け付けた女性は少女を見ても驚かず、むしろ抜き身の日本刀を構えた。はっきりとした殺気だった。迷いなく殺すための威圧を放っていた。この村には半殺しや瀕死に追い込むなんて選択はない。
 木の影から薙刀で踊りかかると刀で薙ぎ払われた。強い。すぐさま接近してナイフを首に立てた。相手も隠し持っていた匕首で下から私の腹を切り裂いた。激痛がして、目の前が真っ赤になった。
 おかしい。

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