小説

『父の宝』平大典(『ヘンデルとグレーテル』)

 宝はどこだ。しばらく放置されていたのか、部屋中が埃っぽい。室内に、何かを保管してありそうな金庫の類はない。代わりに、壁には、連絡先や作業のメモがベタベタと貼ってあるだけだった。
 部屋の中央には大きな天板の机が一つだけあり、その上には、乾燥した葉っぱが一枚一枚並んでいた。机の脇には、多量の透明なビニール製のパックが段ボールに詰め込まれている。
 葉を手に取る。
 一瞬、心臓が跳ねた。見たことがある。
 紅葉のように掌のように拡がったギザギザの葉。……大麻の葉。
 誰かの言葉が思い出される。
『建設現場の仕事で、あっちゃこっちゃ、いっとったんだろ……』
 親父が建設現場の仕事もやっていたのも事実だが、その合間に、大麻を捌きに行っていた。その金で派手に遊んでいたのだろうか。
『親父が持っていた紙の巻き煙草を盗んで……』
 煙草なんかじゃない。乾燥大麻だ。それを親父から武志は盗んだ。教員や警察にばれたら、武志どころか、親父が逮捕されるかもしれない。だから、叱った。
 親父はここで大麻を栽培し、乾燥させて粉末にして、袋に詰めていた。
 部屋の外へ出る。
 眼前には、晴れ晴れとした空の中心にある太陽が親父の『宝』を照らしている。一枚一枚が金になる。
 急に耳鳴りがした。
『俺が管理しないといけない山が近いからだ』
『こいつらにも言ってやれ。引っ越す必要なんかないってな』
 俺でも武志でも構わない。自分の宝を与えるのは、自分の血を分けた人間であればよかった。武志の家に住んでいたのは、愛情の差などではなく、俺の家よりも大麻畑に近いからだ。
 たった二キロの距離でさえ。
 太陽を見上げた。
 俺は無性に誰もいない自宅へ戻りたくなった。

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