小説

『桃』月山(『桃太郎』)

 水平線の向こうに隠れた陸地へ行くのです。
 遠い場所へ行き――そして帰ってきたそれらは、皆きらびやかな物を手にしています。
 桃は、いえ種は、角の生えた者達と、きらびやかな物でいっぱいです。
 そうなってから数年か、数十年か、それくらいの時が流れた頃。
 海の彼方から、船がやってきました。
 船には人間と獣が乗っていました。
 鬼退治。
 そんな言葉を人間が発し、刀を抜きました。

 その時でした。

 おぎゃあ。
 おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ。
 赤ん坊の声でした。けれどもそれは、地の底から響き渡る、耳を貫き脳髄を揺さぶる、酷く巨大な、声でした。
 それだけではありません。地響き。激しく地面が揺れ動き、人間も、角の生えた――鬼と呼ばれた者達も、誰も立っていることすらできません。
 唯一。
 人間の連れていた一羽の雉だけが、その翼で空へと逃げて――。
 そうして見たのです。
 地にぽっかりと、大きく開いた穴。そこから伸びる、赤子の手。それはどんな獣でさえも、指先でつまんでしまいそうなほど大きく――。
 そして実際つまんだのです。
 数体の鬼を、赤子の指がひょいと持ち上げ、穴の中へ……そこに見える大きな赤子の大きな口へ。
 つい先程産声をあげた赤子の、鋭い歯の生えそろった口の中へ。
 上空からそれを見る雉以外に、何が起こっているのかわかる者は誰もいません。ただ、あの肌色の何かに捕まってはいけないと、それだけは誰もが理解していました。
 だからってどうなるものでもありません。
 逃げ惑う鬼達を、あるいは立ち向かおうとする鬼達を、雉は見ていました。
 ここまで共に旅をしてきた、犬と猿が、駆けていく姿を雉は見ていました。
 刀を振りかざす人間が――桃太郎が――桃太郎さんが。
 あっけなく捕まる光景を。

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