小説

『桃』月山(『桃太郎』)

 ぷかり、ぷかり。
 どこかの海に、桃が浮いています。
 桃です。巨大な、とても巨大な桃です。ひとつの島ほどの大きさもある、そういう桃が浮いています。
 むかし、むかし。
 桃は小さな桃でした。人の手に収まるような、刃物ですぱりと、まっぷたつにできるような。そんな普通の桃でした。
 平凡な一本の木の、一本の枝のその先で、平凡に実っておりました。
 ある時ふいに、木の枝からぷつりと離れ、ころころ転がり川にとぽん。どんぶらこ。どんぶらこと、水に流され運ばれて行くのでした。どんぶらこ、どんぶらこ。川は静かな森の中を流れていきます。時折、獣が水を飲みに来たり、鳥が上を通る他は、水の音しかしないような、そんな川。流れ、流れて海まで流れ、やがて辿りついたのは、周囲の全てが水平線。陸地の欠片も見えないような、空と海しかない場所で。桃はただ、海水に浸され、太陽に照らされ。
 長い時の中。
 少しずつ……ほんの少しずつ……。
 桃は、膨らみ始めたのです。
 まるで、満ちる海水を吸っているかのように。じわじわと、大きく、大きく、大きく膨らんでいったのです。
 その変化は、ゆっくりとしたものでしたが、何年も、何十年も、何百年も経つ内に、いつしか桃は巨大になりました。島といえるほどの大きさを持ちました。
 ところが――。
 桃は次第に、腐り始めたのです。
 いいえ……何百年も前に枝から落ちた桃ですから、むしろ今まで腐らなかった方がおかしいのでしょうが。ともかく、桃は腐っていくのです。あちらこちらが黒く染まり、ぐずぐずになっていきます。それ自体が巨大な桃ですから、黒い部分もそれは広く――その見た目もあいまって、まるで大きな沼のようでした。黒く濁った、ぐずぐずとした、不気味な沼。
 そんな沼から、這い出るものがありました。
 どろどろとしたものを身に纏ったそれは、人の形にも似ています。けれど頭には、鋭く尖ったものが生えています。角のようでした。角を生やしたそれは、それらは、何体も何体も、沼から現れます。
 それの数が増えるのと同時に、桃は腐り続けます。ぐずぐずと腐り落ちる果肉が海へ流れ、下から、ごつごつとした硬い、種がのぞくようになりました。
 現れたもの達は、それらは、種の表面をがりがりと掘り始めました。巨大な桃の巨大な種の、表面に穴が開いていきます。ぽつぽつ、虫食いのように開いた穴の、中にそれらは入っていきます。強い陽射しや、激しい雨から身を守っているようです。あるいは穴から外に出て、魚などを採り、食べて暮らしていきます。
 それらはやがて海にでるようになりました。

1 2 3