小説

『鬼婆の旅立ち』室市雅則(『安達ヶ原の鬼婆』)

 そして、柔らかなそうなのは服装だけではなかった。
 これでもかと言う程、柔和な笑みを浮かべている。先ほどの鬼婆の『にんまり』が可愛く思える程、男と女は破顔している。
 一方で、彼らから発せられる雰囲気は、どこかチグハグで、鬼婆は座りの悪さを感じた。
「布施屋さんですかー?」
 女が白い歯を見せながら尋ねた。
「んだ」
「うわぁ。本当にいたんだ。おばあちゃん」
 女が男の手を握った。
「今日、泊めてもらえますか?」
 男も白い歯を見せながら尋ねた。
 二人に対して、得体の知れないむず痒さを感じながらも、どうせ腹に入れれば同じだろうと鬼婆は堪えることにした。
「構わねえよ。泊まってけ」
 鬼婆は二人が入れるように、体をずらした。
 男と女はさらなる笑みを浮かべ、声を合わせた。
「ありがとうございます。お邪魔します」
 二人は室内に入るや否や歓声をあげた。鬼婆はきょとんと固まってしまった。
「うわぁ。すんごいナチュラルね」
「うん。ほら、見てご覧。このお椀。木をくり抜いているよ。ねえ、おばあちゃん」
 鬼婆は固まったままだった。
「おばあちゃん?」
「あ、お、な、何だ?」
 鬼婆が我に返って、男を見た。
「やっぱり、オーガニックには拘っていらっしゃるんですよね?」
 決めつけるような物言い。鬼婆は全く理解出来なかった。
「何だ、それ?」
 男は首をすくめた。
「自然と言いますか、感性と言うか、本能的に有効なものを選びますよね」
 やはり、有無を言わせないような物言いだったが、鬼婆は本当に男が何を言っているのか理解出来なかった。
「分がんね」
 女がふわりとした服をふわりとさせながら胸の前で指を組んだ。
 この女は右手の親指が上に組むやつなのだなと、鬼婆は思った。
「逆にそれが良いのよね」
 男と女は顔を合わせながら頷いた。
「すみませーん」

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