小説

『千年カグヤ』柘榴木昂(『かぐや姫』)

 コンクリートに囲われたほぼ真四角の建物だ。かつて「村」と呼ばれていたオールドコミュニティを模したエリアは、この祭壇と呼ばれる保管庫に、あとはセットがいくつかあるだけだった。ほかの地域も似たようなものだろう。実際に尋ねたことはほとんどなかった。メディアで名所に立ち寄ることはあっても、外に出るメリットなんてないからだ。
 だが、こうしてメディアと反仮想空間と誤差が生じる事がある。これを事故と呼ぶが、どうやら故意に起こされた事故は犯罪というコードに変わるらしい。
「何かわかった?」
 バイザーを外すと伊知花がいた。とっくに帰ったと思っていた。
「犯人はついさっき、1時間ほど前にここにきて、迷いなく破壊して保管されていたモノを持って行ってるね。エネルギーコアがもってかれたのはいつなんだろう」
「3時間くらい前。DJPが連絡をくれたわ」
「アルファベット圏か。珍しく協力的だね」
「面白がってた。進展あったら上げろってさ」
「やれやれ。犯人はまだこの辺にいるかもしれないっていうのに」
 とはいえ目立った生体反応はない。このあたりには虫も動いていない。
「どうするの」
「サーモグラフの痕跡を追ってみる」
「危ないかもよ? それに、ずいぶん外気に触れてる」
 伊知花が肩をすくめる。
「あなたが行くなら私も行くけど」
 改めてサーモスキャンすると、赤い人型の道はまっすぐハドリー山の方に向かっていた。追跡走査すると高さ4.2キロのハドリー山をそのまま登っているようだった。登頂するとなるとさすがに装備が薄い。
「追跡はあきらめるか。でも、あんな山の上に何があるんだろう」
「何にもないわね」
 伊知花がバイザーから俯瞰図をウィンドウにアップした。高解像にして検証する。
 山頂は平らで、確かに何もない。
 だが、違和感があった。何もなさすぎるのだ。ズームして解像度をさらに上げる。バイザーを通してみると小さい、本当にわずかなテクスチャの乱れがある気がした。スキャンすると加工のログがあった。
 ハドリー山の頂上画像が加工されている?
 すぐにバイザーを外した。オルテーススに送信されかねないバイタルの乱れを感じたからだ。事実、鼓動は跳ね上がり呼吸もしにくかった。脈は確実に乱れているだろう。
「……一度セットに戻ろう。伊知花、バイザーを外してくれ」

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