小説

『千年カグヤ』柘榴木昂(『かぐや姫』)

 犯人はファイバーテクト・ガラスを粉砕し、硬化鉄のセキュリティドアを破って6メートルもある塀を飛び越えていったことになる。でも、何のために?
 破壊されたガラスケースはすでに空だった。というとは何かがあったのだろう。
「真比輝、無くなったものがもうひとつ新たに分かったわ」
 伊知花がウィンドウを開く。映像には旧型のペンのようなものが写っていた。
「これと同型のものよ。旧式のエネルギー体でウランの圧縮素体っていう高エネルギー核みたい。メシエAのミュージアムにあったものらしいけど」
 反仮想空間での犯罪なんて生まれて初めてだった。もっとも生まれてからどれくらい経っているかなんて覚えていないし、意味もないけど。
「次の雨はいつだっけ」
「36時間後」
「それまでには調べ終わるかな」
「別に私達がかまうことじゃないわ。オルテーススにはレポートしてあるし」
「でも、シーズンエリアだし」
「責任感が強いのね」
 背伸びする。外に出たのも何周期ぶりだろう。しかし、伊知花は本当に不感症だな。久しぶりに会ったけど、いつもよりずっと不快そうだった。
「ねえ伊知花、こんなこと、メディアの中でしか起こりえないよ? それが仮想空間外で起こったんだよ。わくわくしないかい」
「刺激なら別にメディアで足りてるもの。それより空気が悪いわ。早く戻りたい」
 多少の雑菌はかえって抵抗力をつけてくれるなんて話を、昔のログで見たことがあるが言わなかった。そもそも無菌室で生活してるんだから抵抗力そのものがいらないのだ。
 外気に触れてもすぐにむしばまれることはないと知覚していても、やはりセットの外は不気味なものだった。
「先に戻ってていいよ。僕はしばらくここで考えてみる」
 そういいながらバイザーに情報を送る。ウランの圧縮素体は旧世代のハイパーエネルギーコアの一種だ。物理的なエネルギーに換算すると、見たことのない値が出た。
 シーズンごとに住域を指定されるとはいえ、こんなもののそばで暮らしていたと思うとぞっとする。セットはシェルターの役割も持っているから、この倍の質量に耐えられるかもしれないが問題なのはそれが盗まれているということだ。
 破壊の後をバイザーで読み込み、オルテーススのマネジメントシステムにログインしてする。すぐに予想時刻が返ってきた。
 セキュリテイカメラとサーモグラフを同期させた。犯人は光学迷彩をまとっているらしく、ぼんやりとしか捉えられなかったが、壁が破壊されたために舞う埃が人型を浮かび上がらせいた。鉄格子が勝手に曲がったように見えた。ガラスを割って中にある「透明なにか」を取り出す。サーモセンサーに切り替える。平熱の人体がはっきり捉えられた。先に見た動線通りに赤い人型が動いていく。バイザーを外して周りを見た。

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