小説

『ちょろきゅう』太田純平(『たのきゅう(民話)』)

「何だこのキラキラネーム」
「……」
 子供は親を選べない。僕だってちょろきゅうという名前のせいで、どれだけ嫌な思いをしてきたか――。
 九月九日はチョロQの日。
 いくら出会いのきっかけがチョロQで、僕が九月九日に生まれたからといって、普通名付けるだろうか――ちょろきゅうなんて名前――。
「座れ」
 男はそう言って、僕を高架下に座らせた。
「俺は沼田だ」
 何故か自己紹介をされた。
「家この辺か?」
「ハイ、そこ真っ直ぐ行ってすぐ――」
「俺はな、これだ」
 沼田は何の脈絡もなくそう言って、腕をまくった。トランプのジョーカーが描かれた刺青があった。
 沼田はすぐに袖を戻して、何の説明もしてこなかった。きっと単純な刺青自慢というより、「俺もワケあり」みたいな事が言いたいのだろう。僕がちょろきゅうなんて名前だから、同情でもしたのだろうか――。
 武蔵野線が上を通って、間が空いた。
 僕は「ここには居たくないが、家にも帰りたくない」という感情に揺られていた。
 そりゃあそうだ。息子にちょろきゅうなんて名付ける親が、まともなわけがない。母親はとっくに出て行ったし、父親の血液はアルコールで出来ている。
 だからいつもこの時間まで、百円マックで粘っていた。出来るだけ、家に居ない為に――。
 はぁ。
 いつもと同じ道を選んでいれば、こんな事には――。
 武蔵野線が通り過ぎて静かになると、僕のお腹がグーと鳴った。
「屁か?」
「イエ、お腹が――」
「減ってんのか?」
「ハイ、まァ……」
「いくら持ってる?」
「ハイ?」
「カネ」
「無いです」
「アァ?」
「ホントです」
「財布出せ」
「無いです、財布」
 沼田は僕のカバンと制服をまさぐり、財布を探した。さすがにまだ「財布が無い」などという中学生を信用してはくれなかった。
 しかし本当に無いと分かると、男は同情するような笑みを浮かべた。

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