小説

『コリキといっしょ』緋川小夏(『 花さか爺さん』『桜の樹の下には』)

「ファックス? 僕に?」
 僕は驚いて立ち上がり、送られてきたファックス用紙を受け取った。「祐樹へ」と書かれた紙にはなぜか、日本列島の地図が大きく描かれてあった。
「何、これ? 日本地図……?」
 よく見ると、その地図の真ん中あたりに丸いしるしが書き込まれてある。そしてそれを囲むように、県の形が太いペンでくっきりと縁取られてあった。
「あら何なの、これ。神奈川県だけ縁取ってあるけれど」
 お母さんも横から覗き込んで不思議そうな顔をしている。お父さんは一体どういうつもりで、僕にこのファックスを送りつけてきたんだろう。
 そう思っていると、再び電話が鳴った。
「もしもし。はい。ええ、いるわよ。祐樹、お父さんが話したいことがあるって」
 電話はお父さんからだった。さっきのファックスと、何か関係があるのだろうか。僕は口の中にあったにんじんをごくりと飲み込んで、受話器を受け取った。
「……もしもし」
「おう祐樹か。地図、見たか?」
「うん、見たけど……でも何なの、あれ。全然意味わかんないよ」
 それを聞いたお父さんは、思いがけないことを僕に言った。
「それじゃあ、ここで問題です。地図の中にはコリキがいます。さて、どこにいるのでしょうか?」
「えっ、コリキが?」
 僕は半信半疑のまま、地図をじっと見つめた。お父さんのいる横浜は、神奈川県にある。そして地図上にくっきりと縁取られた神奈川県は、よく見ると右を向いた犬の形をしていた。
「本当だ! お父さん、コリキがいるよ!」
 僕は思わず叫んだ。
「だろ? だから祐樹。これからはまたずっと、コリキと一緒に暮らせるんだぞ。何があっても、きっとコリキが守ってくれる」
「うん……」
 僕はまた、ちょっとだけ泣きそうになって鼻をすすった。
「来月から一緒に暮らすマンションは、このしるしをつけたところだ。ちょうどコリキの前足の付け根あたりだな」
 お父さんに言われて、僕はもう一度送られてきた地図を見た。
「コリキの前足……横浜市だね」
「こっちは今日、桜の開花宣言が発表されたよ。ちょうど祐樹達が来る頃には満開になりそうだ。桜前線に乗ってコリキと一緒にこっちにおいで。お父さん待ってるよ」
「うん、わかった。ありがとう、お父さん」
 ありがとう、コリキ。これからも、僕達はずーっと一緒だからね。
 電話を切ってから、僕はもう一度サイドボードの上に置かれたコリキの写真を見た。庭の桜の樹からワンワン! と、コリキの元気な声が聞こえたような気がした。

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