小説

『コリキといっしょ』緋川小夏(『 花さか爺さん』『桜の樹の下には』)

 犬の「コリキ」が死んでしまってから、もう一週間になる。
 コリキは僕が生まれる前からずっと家にいたオスの柴犬だ。昔、お父さんが、近所で生まれた子犬の中からもらってきたらしい。
茶色っぽい短い毛にピンと立った耳、そしてくるりと巻いたしっぽ。コリキはとてもおとなしく利口で、一人っ子の僕にとって兄弟みたいな存在だった。
 僕はおじいちゃん、おばあちゃんの住む南の小さな島で生まれて、コリキと一緒に大きくなった。嬉しいとき、楽しいとき、そして辛いことがあったときも、いつも僕の隣にはコリキがいた。
 コリキのいない生活なんて、考えられない。
 それなのに。
 コリキは死んでしまった。僕ひとりを残して。
「コリキはもうおじいちゃんだったから、仕方がないわよ」と、お母さんは言う。でも僕は納得できない。生まれたときから一緒で、これからも僕が大人になるまでずっとずっとそばにいてくれると信じていたのに。
 たしかに息を引き取る前のコリキは、かわいそうだった。年老いて足腰が弱くなったコリキは自由に動き回ることもできなくなっていたし、食欲も落ちて、大好きだった散歩にも行かれなくなっていた。コリキは玄関に置かれた専用の毛布の上で、うとうとと眠ってばかりいた。
 珍しく冷え込みの厳しかった、ある冬の朝。コリキはいつもの毛布の上で既に冷たくなっていた。何度名前を呼んでも、ぴくりとも動かない。苦しんだ様子がなかったことだけが、せめても救いだと、おばあちゃんは言った。僕はコリキの体を擦りながら、わあわあと声をあげて泣いた。
「ほら祐樹、あんたも自分の荷物をまとめてちょうだい。お母さん忙しいのよ」
「わかってるよ」
 僕とお母さんは来月早々に引っ越しすることが決まっている。行き先は横浜ってところだ。今はお父さんだけが先に行って、ひとりで暮らしている。でもこのまま親子が離れ離れで暮らすのは不便だし寂しいので、僕の中学進学にあわせてお母さんと一緒にお父さんのところへ行くことになったんだ。
 窓の外に目をやると、散り始めた桜の花びらが雪のように舞っているのが見えた。
 僕は一緒に暮らしているおじいちゃんと一緒に、死んだコリキの亡骸を庭の桜の樹の下に埋めた。サイドボードの上に置かれたフォトスタンドには、その満開の桜の下ですました顔をしているコリキの写真が飾られていた。
 本当は横浜になんか、行きたくない。僕は密かにそう思っていた。
 だってこの家には、コリキとの思い出がたくさん染みついている。コリキの魂はまだ、この家にいるはずなんだ。それなのに僕が引っ越してしまったら、きっとコリキは寂しがるに違いない。だから僕は、この家から離れるわけにはいかないんだ。
「……でも祐樹。新しい家はマンションだから、動物は飼えないのよ。だからコリキにとっても、考えようによってはいいタイミングだったのかもしれないわよ。長年育ったこの家で、寿命をまっとうすることができて」
 テレビゲームのソフトを段ボール箱に詰めていたら、台所で夕食のしたくをしていたお母さんが言った。僕はその言葉に驚いて、手に持っていたゲームソフトを投げ出して立ち上がった。

1 2 3