小説

『異世界生きもの探訪 第一回 森の千両役者 エルフ』狂フラフープ(『北ヨーロッパ民間伝承』)

 この年齢により極端な性別比が入れ替わる不自然な人口構成は、エルフが性転換を行う生物であることを示している。

 エルフはほぼすべての個体が雄として出生する。
 少年期の一度目の記憶の継承を行うまでの期間、彼らは同種同性の個体に対して強い凶暴性を発揮し、耳目や指、手や足を失うまで相争うことも珍しくなく、欠損した四肢もまた蛹化の過程で補われることから、人族とは異なる価値観を持っているようだ。
 こうした競争に敗れた雄が蛹化によって雌へと性別を変えるのである。

 『デクテヴェア大森林のエルフたち』には、トレヴァーが気の弱いエルフの少年に相談を持ち掛けられる一幕がある。
 より強い自己像を持つことで、彼らは本能的に羽化した自分の姿をデザインすることができるのだ。
 トレヴァーの助言の甲斐あって、この少年は無事美しい女性へと羽化を遂げた。
 しかし、すべての個体が穏便に性転換を済ませられるわけではない。
 数は少なくとも性転換時に命を落とす個体は存在し、また争った末に敗北し、多大な負荷のかかる性転換を行って間もない弱った身体で繁殖を行うことで、少なくない個体が命を落とすことになる。
 彼らの女性としての価値は母体としての優秀さ、如何に早い時期に雌へと変態したかで決まる。意外かもしれないが、エルフ同士の生存競争において、美醜はさほど意味のある要素ではないのである。
 エルフにとっての容姿は、喩えるならば人族にとっての衣服――といっても現代的なそれでなく、その価格が年収にも匹敵した時代のそれ――に等しい。彼らの容貌とは、一般的に自身の出自や富貴・立場を表す以上のものではない。時には同じ姿形を親子で使い回すという行為さえ行われる。これもまた、長らくエルフが長命であると誤解されてきた要因のひとつというわけだ。
 では、彼らの美しい容姿は、何のために獲得されたものであるのだろうか。

 答えは交易である。
 人族との接触が稀なことから、エルフは他種との交流を断って隠棲していると思われがちだが、実際にはエルフと亜人との交流は実に幅広い。
 事実、エルフたちの生計の大部分は交易によって成り立っている。
 エルフは体重が非常に軽く、人族には踏破できない険しい道程を経て亜人の集落を訪れる。
 実の所、美しい人族の姿をしたエルフの数はそう多くはない。エルフの姿形が美しいのは間違いではないが、人族から見た美男美女というのは、それほどエルフの里にいるわけではない。

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