小説

『異世界生きもの探訪 第一回 森の千両役者 エルフ』狂フラフープ(『北ヨーロッパ民間伝承』)

  これより続く記述こそ後代の研究へと多大な影響を与えたトレヴァーの研究である。綿密な観察と、そこから生み出される帰納的な着想。そしてそれを支える演繹的な証明。亜人研究という種族間戦争の種にさえなり得る難事を前例無しで成し遂げたのは、エルフへの深い理解と献身あってのものだろう。
 多くの亜人がそうであるように、エルフもまた生態的地位の重なる亜種近縁種を敵対視することから、サンプルの確保は容易であった。
 しかし特筆すべきは、トレヴァーの分類の正確さである。彼は過去における複数の亜人との接触から、近縁種同士で行われる淘汰が、ある種普遍的な現象であることを経験的に確信していた。トレヴァーは、他でもない人族同士が相争うことからこれを当然の帰結と論証している。
 当時支配的であった類似異同の差異、外見的な相似よりも発生の過程や四肢の稼働パターン、身体動作の観点から、より系統学的な分類を行っていたという点にトレヴァーの先見性が見られる。
 亜人がすべて人族の近縁種であると考えられていた時代において、この手法はまさに画期的であった。同時に多くの、主に宗教的権威的な理由からの反発を招くこととなるが、それはまた別の話である。

 ―― ―― ――

 さて、本書が正した前述の誤謬とは他に、新たに知られるようになったエルフの生態もいくつか存在する。中でももっとも大きなものはエルフの性別だろう。
 トレヴァーの視点で描かれるエルフの集住地は数多くの少年と成人女性、ごく少数の少女と成人男性から構成されている。これは地域年代に関わらず一定であり、戦争等による一時的・過渡期的なものではない。
 大森林深層ではないが、トレヴァー以前の過去にもエルフの集落を訪れた人族は存在する。エルフの性別が我々と同じく雌雄の二種で構成されることや、その集落の独特な人口構成は既に知られていた。
 年端も行かぬ娘は外には出さず、里の男たちは出稼ぎに行っている。そう理解すればそれほど不思議なものでもないだろう。
 実際の所、生物種としては遠くとも我々と似た姿をした彼らが我々と同じような発生様式をしているという先入観が、トレヴァー以前の彼らをこの説明で納得させていた。
 トレヴァーもまた、この知識について既知であったことを集落来訪以前、序章で述べている。
 しかしながら実際に集落に居着いたトレヴァーが目にした家の中には少女の姿はなく、出稼ぎから帰ってくるのも決まって女たちである。この疑問に関しては、トレヴァーは容易く答えを得ることができた。エルフ自身が同じ質問を多くの他種族から受け付けなれていたのだ。

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