小説

『キレイの在り処』十六夜博士(『みにくいアヒルの子』)

 鏡に映る自分が変わっていく。その光景は得も言われぬほど不思議なものだ。道端に転がっている何の変哲もない石ころが、魔法によって宝石になるような……。
 真由美が笑うと、鏡に映った真由美も笑う。
――どっちが本当の私……?
 鏡に自分が吸い込まれていく気がする。現実から遊離したようなフワフワとした感覚……。
「はい、終わったわよー」
 専用の椅子に座り、目の前の大きな鏡に映し出された自分をボッーと眺める真由美に、美容師のレイコさんは言った。レイコさんの言葉に真由美は現実に引き戻される。
「あっ、ありがとうございます」
 真由美のリップを修正し終えたレイコさんを見ると、いつものようにやさしく微笑んでいる。
「いつもながら、自分じゃないみたい……」
 真由美は鏡の中の真由美が、真由美と同じように喋るのを確認した。
「これも真由美ちゃんなのよ」
 微笑みをたたえたレイコさんが、鏡越しに真由美と目を合わせた。

 真由美がこの美容室を見つけたのは半年前ぐらいだ。
 小学生の頃から目立つことが嫌いで、引っ込み思案だった真由美は、その性格のまま29歳になっていた。とある建設会社の事務職を得て、家と会社を往復する地味で単調な生活を送っている。
 しかし、真由美が、引っ込み思案で、地味な生活を送るようになったのには生来の性格というより、外的な要因も大きい。小学校5年生のときに受けたいじめだ。
(ブス!)
 この憎むべき言葉に否応なく傷つけられた。
 何の変哲もない、ある日、クラスの男子が中心となり、この心無い言葉を浴びせ始めた。多くのいじめがそうであるように理由は良くわからない。それはある日突然始まった。真由美が近くを通ると、(ブスはあっちに行け!)などと言われる。仲良しだった女子たちが男子に反撃してくれたが、なかなか収まらない。
 それまで殊更に自分の容姿について考えたことがなかったが、そこまで言われると考えざるを得なかった。まじまじと鏡を見つめれば、そこには確かに可愛いとは言えない女の子が映っていた。ある男子は(おたふく!)と言っていたが、鏡に映る女の子は確かに福笑いのおたふくに似ている。そして、毎日鏡をのぞいては、代わり映えのしない顔を憂い、ため息をついた。そのうち学校にも行きたくなくなり、休むようになった。

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