小説

『ツルと持参金』永佑輔(『持参金』『鶴の恩返し』)

「食ってもいいんすか?」
「生でもいいし焼いてもいい。茹でてもいいぞ」
「じゃあ、まあ、よろしくっす」
 林はバンソウコウを軽く撫でて小さく舌打ちをし、渋々と坂東の後ろをついてゆく。

 動物が逃げてから二日が経つというのに、相変わらず動物園の周辺には網を持った人たちがウロウロしている。
 千鶴は窓を開けっぱなしにして眠っているタクシードライバーを見つけると、カーラジオに耳を傾けた。
「動物園の園長は逃走動物捕獲チームを増員して、早期解決を図る方針を固めました」
 千鶴の背後を、林と、そして不良中学生たちが走り抜けてゆく。

 中堅大学中退、中途採用、中小企業勤務で中途半端な営業成績の吉浜が今すぐに五十万円を用意するなんて土台ムリな話。やむを得ず、吉浜の友人の中で最もだらしのない、最もくだらない、最もふざけた同級生を尋ねることにした。
 その同級生からは何かというと小額の金をしつこく無心され、手切れ金のつもりで渡す、しつこく無心され、手切れ金のつもりで渡す、を繰り返してきた。おそらく累積五十万円を軽く超える金額を貸しているはずだ。
 さっきまで寸借詐欺師顔負けだったその同級生は、今や金のなる木、打ち出の小槌、歩くATMと化して燦然と輝いている。
 吉浜は軽やかな足取りで同級生が住むアパートの前にやって来た。
 そのアパート、ボロというには褒めすぎで、犬小屋というにも褒めすぎで、金を払ってでも野宿した方がマシというほどのたたずまいだった。
 他を頼った方がよさそうだ、と吉浜はきびすを返す。
「吉浜」
 かん高い声に呼び止められ、条件反射、思わず振り返ってしまった。
 このかん高い声の男こそ、同級生の林だ。
 林はアパートの外にあるポンプ式井戸で手の甲を洗っている。
「怪我か?」
「名誉の負傷ってヤツだよ」
「ほら、これ使えよ」
 吉浜はポッケに入れっ放しのバンソウコウを差し出した。
「こんな古いバンソウコウいるわけないだろ」
「こんなトコに住んでるヤツに言われたくないわ。ほら、使えって」
「しょうがなねえな。そんなことより急にどうした? 金でも貸してくれるのか?」
「逆だよ、逆。今日中に五十万円返してくれ、頼む」
「五十万円? たった五十万円でいいのか?」
「返せるのか?」

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