小説

『no little red food』日吉仔郎(『赤ずきん(little red hood)』)

 急に、離婚です、一緒に住むのはこっち、こっちとは年に何回か会いますって言われても、困るよね。でもたまにああやって遊びに連れてってもらえるのは悪くないよ。不便というか、どっちに対しても遠慮するみたいなこと、ないわけじゃないけど。
 わたしは林田さんの話の流れる先を予測して、先輩風を吹かせようかと考えた。でもどうも様子が違う。林田さんは言う。
「わたしね、お父さんとお母さんが離婚するの、嫌じゃないんだ。むしろはやく離婚してほしい。そしたらわたしはお母さんと暮らして、お父さんとは二度と会わないんだ。そうなったらどんなにいいだろうって、よく考えてた。でもさ、尚子ちゃんの話聞いてたら、離婚しても、そういうふうにはならないのかなあって。ねえ、あのさ、やっぱりお母さんがお父さんと別れたとしても、わたしはお父さんと別れられないのかな? わたしはずっとお父さんの子どもで、お父さんと、会い続けないといけないのかな?」
 考えたこともないことだった。
 何も言葉が浮かんでこない。ただ生唾を飲み込んで、林田さんがたったいま日付スタンプを押してくれた本の表紙にある「絶滅危惧種」という文字列に目を落とした。
 ――そう、みんな、食べちゃってんだよ、絶滅しそうなのにな。
 どうしてか、鰻のことを話すお父さんの声が蘇った。
 ――鰻とかみんな食べてるからな。おれたちだけ食べなくて意味あんのかな?
 そんでわたしはお父さんに、なんて言ったんだっけ。お父さんは言い訳してしたらいいじゃんって、拗ねたふりして甘えて、誤魔化したんだっけ。
 じゃあわたしは林田さんに、なんて言ったらいい?

   ***

 それから笑って誤魔化して見せたのは、わたしじゃなくて林田さんで、「いやなんかごめん、いきなり重すぎだよね」とか、そんなん、そういう言わせてはいけないことを言わせて、でもわたしは何を言ったらいいかわからなくて情けなくて、雨のなか、きちんと傘をさして、お母さんと暮らすマンションに帰ってきた。
 玄関で靴を脱いで、わたしは濡れた靴のなかに新聞紙を丸めて詰めた。乾燥機で乾かしても縮まない衣類だけ洗濯機に入れてぐるぐると回した。お米を研いで午後七時に炊き上がるように予約した。リビングに簡単にクイックルワイパーをかけて埃をとった。
 いつもならお茶を淹れて本を読んで休憩する時間になっても、わたしはそんな気になれず、まだ提出期限に余裕のある算数の宿題プリントを進めようとした。単元は「場合の数」。

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