小説

『no little red food』日吉仔郎(『赤ずきん(little red hood)』)

「そう、みんな、食べちゃってんだよ、絶滅しそうなのにな」
 お父さんは困ったように、肩をすくめてみせる。

 パンダのこと、食べてしまった鰻のこと、とてもおいしかった鰻のことで、わたしの頭はいっぱいになった。わたしは絶滅しそうなのに鰻を食べてしまった。ぼんやりとパンダの前から離れると、お父さんはわたしの手を引いて、無軌道にゾウのいるほうへ行こうとした。ようやくわたしはハッとして、マップを片手にお父さんの進路を妨害する。そして、ひとまず入口近くの「日本の鳥」コーナーまで戻って、リス、プレーリードッグと順に見ていくルートを提案した。
 ついでに、環境保護についても意見した。
「ねえ、お父さん、やっぱり、パンダもかわいいし、もう食べちゃったけど、鰻だってできるだけ食べないほうがいいよ」
「そうだなあ、まあ鰻、高級だし、食べ過ぎたくても無理だけど」
「そうじゃなくて。まじめに」
「ええ、まじめにか。そうか。でも、鰻とかみんな食べてるからな。おれたちだけ食べなくて意味あんのかな?」
「じゃあみんなでやめようよ、食べるの」
「そうだな、みんなでやめないとな。でも、どうやって? 俺が食べるのやめてみても、みんながやめてくれるわけじゃないし。それにさ、どんな生き物もいつかは滅ぶだろ。恐竜も滅びたし、ニホンオオカミも滅びたし」
 お父さんとお母さんも離婚したしね。軟弱なお父さんにそう言いそうになって、ぎりぎりで呑みこんだ。「いいよ、じゃあお父さんは。ずっと言い訳してたらいいじゃん」代わりにそう言った。
「うう、ごめんなさい」
 けれどすぐ謝るひとからは、誠意なんて伝わってこないのだ。

 動物園の入り口まではすぐ戻ることができた。子パンダを見るための列には、まだたくさんのひとが並んでいる。
 確かにパンダはかわいい。
 子パンダはもっともっとかわいいだろう。みんなが並ぶのもわかる。
 遠目に眺めていると、いきなり、男のひとの野太い声が周囲に響いた。
「おいなんだよ、整理券もうないのかよ。わざわざ来てやったのになんだよ」
 荒っぽい声は近くにいる動物園のひとに向けられていた。平謝りする相手に、もういい、と言って、男は続ける。「おいマミ、らちがあかねえよこんなとこ、さっさと帰るぞ」
 怖い男のひとは出口のほうに向かって歩いていく。近くには怒鳴り声にあからさまに反応して、顔面蒼白の女の子がいた。あの子がマミちゃんだろうか。マミちゃんは、わたしと同い年くらいに見えた。
 怖い男のひとは、この子のお父さんなのかな。

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