小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

「待てって、昨日姉さまが今のスケジュールに書いてたはずだから、確認してくる」
 どうして言ってくれなかったんだろう。もし言ってくれたら今日だってもっと病室に居たのに。どうして、どうして、約束なんか……
「やっぱ、書いてあったわ。明日の11時だ」
「なぁ、雪也、この時期咲いている春の花ってなんだ? 」
 転院の時間をメモしながら、雪也に訊く。花? と訊き返しつつ、雪也は、桜は早いし、梅か、ふきのとう、かと考えてくれている。
「雪也、本当に悪いとは思ってるんだけど」
「一緒に春の花でも探せば良いのか? 良いよ、お前は本当、お人良しだな」

 
 この時期は花自体、あまり咲いていない。桜はまだ硬い蕾だし、梅が咲くのもまだ少し先だ。可能性があるとしたら、ふきのとうだろう。
 朝5時、雪也と一緒に自転車を走らせる。土手、あぜ道、ちょっとした林みたいになっている所、とにかく探す。
 毎年、ふきのとうを見る土手も時期が早いのか見つからない。二人で思い当たる場所は一か所ずつ探していく。時間が経つにつれて焦りが出てくる。
 途中で石を踏んだ自転車がパンクして、足で探した。ズボンの裾が泥だらけになった。時間を見れば、10時30分。無理かもしれないと弱気になってくる。でも、優美ちゃんのために頑張りたいんだ。人のために頑張れるようになりたいんだ。
「広樹! あったぞ! 」
 病院に近い位の林の中に一つだけふきのとうを見つけた。
「走れ、広樹。ここからだったら、全力で走れば間に合うから」
 ふきのとうを手で握って、走る。
 病院の玄関には、ワゴン車と見慣れた人影。大声で名前を呼んだ。
「約束通り、春を届けにきました! 」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10