小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

 そう、確か10年位前だった。じいちゃんと一緒に神社に行って福男の話を聴いたのは。じいちゃんの昔話はつまらなくて聞き流していたのに、その話だけは、いつも真剣に聴いていた気がする。
 今よりはまだ張りのある手で髪をぐしゃぐしゃにされながら、風にあたりながら。
「広樹、良いか。お前は福男になりなさい。福男になると素敵な繋がりを神様から頂くことが出来るぞ。お陰で俺はばぁあさんとも出会うことが出来た。お前は優しい子だから、きっと福男になれるさ」
 そういってニヤリと笑った顔を今でも覚えている。

 
 ピストルを合図に10人前後の生徒が同時に走り出す。学校の周辺にはアップダウンの激しい坂道と傾斜のきつい石階段のある神社がある。陸上部の連中に混ざって坂道と石階段のコースを走る。最初は落ち着いたペースで走る、体力は石階段まで温存する。今からペースを上げると心臓が破れそうな階段で文字通り心臓が破れそうになるからだ。
「よう、今日も参加してんのか」
 後ろから、俺に追い付く形で話しかけてくるのは雪也だ。雪也はれっきとした陸上部で毎回上手いこと俺を陸上部の練習に混ぜてくれる。
「まぁ、一人で走るより陸上部と混ざった方が目立たないかなって思ってさ」
「坂上の奴、お前見つけてまた怒ってたぜ。部外者が一緒になって走るなって」
「坂上先生も諦めてくれねぇかな」
「それは無理だろ、体面的にも。お前が部に入ってくれれば文句はないんだろうけどさ」
「それこそ今更じゃん、来年受験生になるのに」
 集団の後方で話しながら進む、坂道に差し掛かり会話を止める。この辺りから遅れ始める人が出てくる。それをテンポよく抜きながら神社を目指す。
 今走っているコースは福男競争のコースと一緒。福男を目指す身としては最高の練習場所だ。

 へとへとになりながら陸上部と一緒に学校に戻る。坂上先生に見つかる前に集団から外れて学生玄関に向かう。後ろから来た雪也が気付いて手を小さく挙げ、それに返す。
 学生玄関に入り呼吸を整えていると、グランドの方から俺を探して叫ぶ坂上先生の声が聞こえる。元気だなぁ、と思いながらスポドリを一気に飲み干す。座り込んで、汗が引くのを待つ。
「木下お前、桜井どこにやった」
「俺知りませんよ、途中で消えましたもん」

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