小説

『あなたは人形』中杉誠志(『人形(文部省唱歌)』)

 いずれにせよ、あたし彼氏できたのとか始めてだから、どのタイミングでママに報告したらいいのかわかんない。あたしはたしかにマザコンかもしれないけど、あたしにだってプライバシーってものがある。なにからなにまで知ってて欲しいとは思わない。結婚するとかなら話はべつだけど、まだ付き合ってるだけだし、それすら現状、お試し期間だから。
 たぶん、今週末には答え出すだろうから、そのときに改めてママには報告しよう。
 そんなふうに自分のなかで考えをまとめたところで、またもぎょっとするようなことをママがいった。
「でもこないだの土曜日、デートしてたじゃない」
「え」
 つかのま、頭のなかが真っ白になった。ママはさらに言葉を並べていく。
「図書館行って、ジャスコ行って、帰りに公園寄ったでしょ。マリコ、すごく楽しそうだったじゃない」
「なん、なん、なんで知ってんの? なんで知ってんの? ママなんで知ってんの?」
 あたしはスプーンを投げるように器に落として叫んだ。リビングテーブルの真向かいで、ママは無表情のままスプーンを動かしている。
「……尾(つ)けたの?」
 あたしは声のトーンを落として訊いた。ママは淡々と答えた。
「尾けたんじゃなくて、つけてるの。ずっと、あなたがね」
「あたし『が』……? あたし『を』尾けてんじゃなくて……?」
 意味がわからない。ママがなにをいってるのか、全然わからない。
 するとママは、悪びれもせず、事務的な口調で語った。
「マリコがいまつけてるコンタクトレンズ、それ、ウェアラブルカメラなの。すごく薄くて小さなカメラ。それで、あなたが見たものを録画して、ママの端末に全部送ってるの。リアルタイムでね」
 ママはそういって、自分の目を指差した。ママの端末。リビングテーブルの上に置かれたスマホじゃなくて、コンタクトレンズ型ウェアラブル端末のことらしい。あたしはゾッとした。
「待ってよ、それじゃ、ママ……あたしが見てるもの、全部見てるってこと……?」
「ええ。歯につけた矯正器具型ウェアラブルマイクで音も拾ってる」
 あたしは思わず左手で目元を、右手で口元を覆った。コンタクトレンズの頼りない感触と、歯の矯正器具の固い感触が、まぶたと口の周りの薄い皮膚ごしに、それぞれの指先に伝わってくる。
 非常識。
 その言葉が鋭く脳裏にひらめいた。
 あたしはママが作ったロボットだって噂があったけど。
 ロボットだとか、そんななまっちょろいもんじゃなかった。人間なのに、プライバシーもクソもない。全部、全部、全部、なにもかも筒抜けだった。

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