小説

『あなたは人形』中杉誠志(『人形(文部省唱歌)』)

「愛してるよ、マリ。また明日」
「はいはい」
 学校帰り、家の前でニシムラと別れ、玄関を入ると、キッチンのほうからママの歌声が聞こえた。声に誘われるように足を向けると、ママは料理をしながらお気に入りの童謡をくちずさんでいた。

  私の人形はよい人形
  歌をうたえばねんねして
  ひとりで置いても泣きません
  私の人形はよい人形

 なんだか、この歌を聞くたびにすごく懐かしい気持ちになる。あたしがうんと小さい頃、ママが子守唄に歌ってくれてた歌だから。
 ママの歌声はきれいだ。音程もリズムも的確で、発声法だけ工夫すれば普通にプロになれそう。顔も、アラフォーにしては若々しいから、いまからプロ目指したって全然遅くはないんじゃないかと思う。まあ、若々しく見えるのは、普段から化粧しないから肌が傷んでないってだけなんだろうけど。
 でも、家ですっぴんっていうのはいいけど、会社に行くときもすっぴんっていうのは、社会人としてどうなんだろう? よくいえば自分を持った芯のある女性。悪くいえば非常識。
 そう、あたしのママは非常識だ。非常識なくらいでなければ、ロボット工学者なんてやってられないのだろう。画期的なアイデアは常識からは生まれないらしいから。
 でも、不思議なことに、ママは仕事でロボット作ってるくせに、家ではあんまりロボットを使わない。掃除機ロボットくらいだ。洗濯機は全自動だけど、自律してるわけじゃないから自律機械って意味のロボットじゃないし、ほかの電化製品も同様だ。スマホには、いちおうAIを搭載した秘書機能アプリがあるからロボットといえなくもないのかもしれないが、 それくらいなら誰だって使ってる。職場では一秒以下でキャベツ一玉丸ごと千切りにできるようなロボットを作っているような人が、包丁でまな板をとんとん叩きながらタマネギを刻んでいる光景は、なんとも不思議だった。
「なんか手伝おうか」
 ただいま、のあいさつ抜きにいうと、ママは顔を上げてちょっと微笑んだ。
「おかえり、マリコ。いいわ。昔みたいに指切ったら大変だし。それに、疲れてるでしょ。座ってて」
 あたしより早起きして朝ごはんを作って、家事一通り済ませて仕事に行って、定時で帰って晩御飯作ってる本人のほうがよっぽど疲れてる気がするんだけど、ママはそれこそロボットみたいに顔には出さない。

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