小説

『ブラックアウト』もりまりこ(『銀河鉄道の夜』)

 どこかの車両からちいさな女の子が♪トゥインクルトゥインクルリトルスターって歌う声が聞こえている。

 もうすこし耳をすますとカムパネルラさんジョバンニさんって声が聞こえてきて、すごくこわかった。
「太郎さんいまのって?」
「・・・ああ。銀河祭りの日にね。なんていうのかなギンテツごっこみたいなのが流行ってるの。、ま、此岸でいうハロウィンみたいなやつ。カルトファンがいてね、銀河鉄道の。で、ま、声のコスプレだっておじさんは名付けてみたんだけどね」
 よくわからない世界に紛れ込んだのだ。栞は泣きそうになってきて、ゆっくりと息を吐く。耳の奥にカムパネルラさんって声が残響している側から栞はヤマナシと最後にした会話を思い出していた。

「誰かをすきになると死にたいなって思ったことありません?」
 ヤマナシの声はしゃがれていた。アルコールが入るとさらにガザガザになる。
「嫌いな人に死んでほしいっていうのはありますよ。わたしずいぶん、想像の中ではひとをころしてるんです」
 ヤマナシはふふって息をもらしているような笑っているような声のあと溜め息を吐く。
「いいですね。栞さん。栞さんのそういうところなんかアンバランスでいいですよ。僕はいろいろ勇気がなくて。好きな人ができるとなんでかじぶんが死んでしまいたくなるんですよ。現実で成就する確率なんて低いですからね。現実で失うよりよっぽどましみたいな感じなのかな?」
 少し酔ったせいで栞もヤマナシの話が、なにもみえてこなかった。
 ころしたくなる人がいる女としぬほどしんでしまいたい男の会話は平行線だった。ふたりはぜったい交差することなくこの先の人生を歩んでいくんだろう。
 それってまるでレールの上のそれぞれの二台の列車のようだってちょっと強く栞は念じたのかもしれない。そんなせつなヤマナシがふと鞄から、1冊の本を取り出して栞に渡した。
 もう読んでしまったのでよろしければって。本を手渡された時すこしだけ、ヤマナシの指と触れた。おそろしく冷たい指だった。水割りのグラスのせいだと思ったけど、その冷たさが栞の指にいつまでも纏わりついていて、苛立った。
 駅で別れる時、ヤマナシは僕、しばらく遠くに行くんで今日会えてよかったですってさびしそうに笑った。
 駅のホームに飾られている笹の葉にくくりつけられた短冊が、空調の風で揺れていた。
 なんとなく振り返った時、ヤマナシもちょうど振り返っていたみたいで、なんか名残惜しいとか誤解されていたらいやだけど、癖だからしょうがないって自分に言い聞かせた。一瞬その背中を見ながらヤマナシのことも想像の中で一度だけころしてしまったことがあることを思い出していたら、一気に酔いが回って来た感じがして、めまいがしそうになっていた。

 トンネルが終わらない。

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