小説

『拡散する希望』渋澤怜(『灰かぶり』)

 岡本さんがこっちを振り返るので私たちはぶんぶんと首を縦にふってあげる。
「何乗るんですか? 何が空いてるんだろう~」
「さっき見たらアオヒゲマンションが10分待ちで」
「えーすごい! 私達もまだそれ乗ってなくて」
「よかったら一緒に行きます?」
 トントン拍子で話がまとまる。岡本さん、すごいな。必死だ。必死だけどかわいいところがすごい。私は必死になるとキモくなる。
 なんとなく、岡本さんとリプライをしてきた意中の彼、二番目に快活そうな人と冴木さん、あまりペア、の順で二列縦隊になりアオヒゲマンションまで連れ立って歩く。よく見ると全員が快活なスポーツティというわけではなく、私と歩く彼はどちらかというとスポーツが苦手そうな風貌で少し安心する。ジャストサイズの紺色のポロシャツを一番上まで止めていて、元からあまりない肩幅がさらに狭く見える。
 その彼に
「あの……、もしかして、むーちゅうさんですか?」
と言われ、息が止まる。
「あれー? 知り合い?」
 冴木さんが振り向く。しまった。さっきのツイートか。違います、と言うにももうタイミングを逃してしまった。
「ですよね、僕フォローしてます。すっごいファンです! うわー嬉しい」
 違うと言え、否定しろ、という冷たい氷水と、認めちゃえという甘い汁が一気に押し寄せて脳がたぷたぷになり溺れてるみたいに息が苦しい。
 なになにー? と岡本さんも振り向いて二列縦隊はわちゃわちゃになる。まさかあのツイートを見てる人がこのグリムランドにいるとは思わなかった。身バレしないようにいつも注意してたのに……。
「あの、見るの早いっすね」
 とポロシャツの彼にとんちんかんな返しをしてしまう。
「あの、僕むーちゅうさんのツイート好きすぎてツイート通知オンにしてるんです」
「えっ」
「わーでも嬉しいです、てか意外と若いしかわいいんですね」
「わっそんな」
「いや僕おっさんだと思ってました。だって知識すごいから、映画の」
「は、はあ」

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